まず気になったのは、初見時にアルツハイマーの印象を全く受けなかったこと。
その患者さんは、DLBやCBDの方が呈するどことなく暗い表情で入室された。
変性性認知症疾患の場合、これまでブログで取り上げてきたピック感やレビー感など、初見で「お?」と思わせる要素を持つ方がいる。その何とも言えない感覚も、認知症診療においては重要な要素である。
ちなみに、アルツハイマーの方に多く認められる特徴は、「明るく朗らかで取り繕いが目立つ」という点である。
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60代女性 皮質基底核変性症疑い
初診時
(既往歴)
高血圧 現在は内服なし
(現病歴)
8ヶ月前までは仕事をしていた。
県外の娘さんの出産のお手伝いにいったが、その後様子がおかしくなってきた。当地の神経内科を受診し、脳血流検査で左前頭葉血流低下を指摘された。
「FTLD(前頭側頭葉変性症)の可能性はあるが、まずはATD(アルツハイマー型認知症)と考えて治療を始めましょう」
とのことで(?)アリセプトが処方された。
「アリセプトを飲んでいる時の方が、ちゃんとしたことを言う」とのご家族情報。鹿児島での治療継続を希望し当院来院。急激な体重減少があったが最近は少し持ち直したと。
(診察所見)
HDS-R:26
遅延再生:6
立方体模写:OK
時計描画:OK
クリクトン尺度:14
保続:なし
取り繕い:あり
病識:あり
迷子:なし
レビースコア:2.5
rigid:なし
ピックスコア:4.5
頭部CT左右差:左有意萎縮か
介護保険:なし
胃切除:なし
歩行障害:あり
頻尿:?
易怒性:なし
(診断)
ATD:
DLB:△
FTLD:△
MCI:
その他:CBD PSP
入室時にいきなり、おもむろにズボンと下着を脱ぎだして「ここがおかしいの」と下腹部を指し示す奇妙な行動。
足組みあり。何とも言えない独特の表情。レビーの暗さと思ったが、ピックの不気味さもある?
前医からはアルツハイマー型認知症(ATD)の申し送りだが、パッと見でアルツハイマー型認知症らしさは感じない。
握力が右13で左19と左右差有り。右足が出にくい、重いと訴え有り。目が見えにくいと。かすむと。左眼の外転やや弱い?上下運動はOK。
頭部CTはPick切痕あり、やや左側有意の萎縮で脳梁の菲薄化あり?Humming bird signは陰性であり、PSP(進行性核上性麻痺)よりはCBDを疑っておく。
アリセプトを休薬後にイクセロンパッチに切り替え。かぶれやすいとのことなので注意。フェルガードも勧めておくかな。
(記録より引用終了)
後医は名医
前医での初診時、HDS-Rは19/30だったらしい。遅延再生については紹介状に記載は無かった。治療開始後の3ヶ月でHDS-Rが19点→26点にアップしているので、この方のアセチルコリンが不足していたのは間違いないのだろう。
前医での状況を想像するに、
初診時は遅延再生が1〜2点程度と低下していたので、SPECTによる血流の左右差が気になりつつも、まずはアルツハイマーと考えアリセプトを処方したら効果があったので、そのまま継続した
というところか。あくまでも想像だが。
しかし、「SPECTにおける左右差」はやはり重視すべきと思う。
初診時から全ての症状が出揃っている可能性は低いので、今現在この方にみられる
このような左右差のある症状は、最近出てきたものかもしれない。多分、自分が見ているのは「CBDとしての初期症状」なのかもしれない。
因みに、CBDの特徴の一つと言われる「他人の手徴候」は見られなかった。
手が他人の手のように、不随意で無目的な動作を行う現象。この他人の手徴候の病巣、機序には他説があり、右側(劣位側)前頭葉内側面病変による半球症状として考えられる場合と、脳梁病変による半球間離断症状として考えられる場合とがある。(引用元)
変性疾患セットで長期戦に備える
アリセプトで効果があるので、そのまま継続も考えた。
しかし、既に診断が自分の中ではCBDに大きく傾いている。
また、軽度歩行障害が出始めていることを考えると、いくらアセチルコリンが不足しているとはいえ、アセチルコリンのみを賦活し続けるのは、長期戦を考えると不利だろうと判断。
アリセプトからイクセロンパッチに変更し、併せてフェルガード100Mを勧めた。もしイクセロンパッチへの変更で中核症状が悪化した場合には、イクセロンパッチを2.25mgにするか、もしくは再度アリセプトを少量で再開予定。
この方の経過については、機会があればまた報告したい。
最後に、皮質基底核変性症の概要を紹介して今回は終了。
■概念・定義
CBDは、大脳皮質と皮質下神経核(特に黒質と淡蒼球)の神経細胞が脱落し、神経細胞およびグリア細胞内に異常リン酸化タウが蓄積する疾患である。典型的には (1)中年期以降に発症し、緩徐に進行する神経変性疾患で、(2)大脳皮質徴候として肢節運動失行、観念運動失行、皮質性感覚障害、把握反応、他人の手徴候、反射性ミオクローヌスなどが現れ、および (3)錐体街路徴候として無動・筋強剛やジストニアが出現し、(4)これらの神経症候に顕著な左右差がみられる疾患である。しかし、剖検例の集積により、左右差のない例、認知症が前景にたつ例、進行性核上性麻痺の臨床症候を呈した例など非典型例が数多く報告され、CBDの臨床像はきわめて多彩であることが明らかになった。そのため最近では病理診断名としてCBD、臨床診断名 としてcorticobasal degeneration syndrome(CBDS) あるいはcorticobasal syndrome(CBS)を用いる傾向がみられる。
病理学的には、典型例では前頭・頭頂葉により強い大脳皮質萎縮が認められ、同時に黒質の色素含有神経細胞が減少している。顕微鏡的には皮質、皮質下、脳幹 の諸核に神経細胞脱落とグリオーシスが認められ、神経細胞およびグリア細胞内に蓄積する異常リン酸化タウが蓄積するが、中でも‘astrocytic plaque’がCBDに特異的な所見とされている。
■疫学
正確な疫学調査はない。わが国では人口10万人当たり2人程度と推計され、男女比はやや女性に多いとされている。
■病因
現在不明である。家族性発症例の報告はあるがまれである。神経細胞およびグリア細胞内に広範に異常リン酸化タウが蓄積し、タウオパチーに含められている。
■発症年齢と経過
発症年齢は40~80歳代、平均60歳代である。
■症状・検査所見
神経学的には左右差のある錐体外路徴候と大脳皮質の症候を主徴とする。典型例では、一側上肢の「ぎこちなさ」で発症し、非対称性の固縮と失行が進行する。
錐体外路徴候の中では固縮がもっとも頻度が高い。振戦はパーキンソン病と異なり、6-8Hz、不規則でjerkyであるという特徴がある。局所のミオクローヌスもしばしば振戦とともに観察される。進行すると姿勢反射障害や転倒が出現する。左右差のあるジストニアはほとんどの患者でみられ、上肢優位である。
大脳皮質の徴候として、肢節運動失行、構成失行、失語、半側空間無視、他人の手徴候、把握反射、認知症などがみられる。構音障害、嚥下障害は進行すると出現するが、四肢の障害に比べ軽度である。眼球運動障害・錐体路徴候もみられる。
画像や検査所見にも左右差がみられるのが特徴で、CT/MRIは初期には正常であるが、進行とともに非対称性の大脳萎縮(前頭葉、頭頂葉)が認められる。SPECTで大脳の集積低下、脳波では症候優位側と対側優位に徐波化がみられる。(難病情報センターより)