鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

「アルツハイマー型認知症の治療薬、アデュカヌマブの治験中止」というニュースに感じた既視感。

アリセプト発売が1997年、リバスタッチパッチ、レミニール、メマリーが日本で発売されたのが2011年。

 

未だに、新たなアルツハイマー型認知症の治療薬は世に出てこない。そして先日、期待されていたアデュカヌマブの治験中止が発表された。

 

www.fnn.jp

 

なぜアデュカヌマブが失敗したかについて、エーザイの担当者は

 

アルツハイマー型認知症の原因たんぱく質を除去することを目的とした、次世代治療薬候補の治験を成功させるためには、「正しい創薬標的(対象とする原因物質)」、「正しい患者様層」、「正しい用法用量」、「正しい臨床評価指標」を設定することが重要と言われており、失敗した治験にはいずれかの要素に課題があったと考えています。(上記リンク先より引用。)

 

とコメントしている。

 

「正しい患者選択」は当然のようでいて、実は難しい。

 

アルツハイマー型認知症治療薬の治験に、レビー小体型認知症や前頭側頭型認知症の患者が混じっていたら結果にブレが生じるのは当然であるが、では治験に参加する患者全員にアミロイドPETを行ったとしても、そこに正常加齢高齢者やレビー小体型認知症の患者が混ざることを100%防ぐことは出来ない。*1

 

「正しい用量用法」だが、精神に作用する薬剤は須く用量に幅を持たせるべきというのが自分の考えである。「みんな仲良く3mgで開始して、5mgに増量」に当てはまらない患者は数多く存在する。

 

理由は後段で述べるが、「正しい臨床評価指標」についてはADASなどの既存のスケールで十分だと思う。

 

今回のニュースは、個人的には「正しい創薬標的(対象とする原因物質)」の選定に失敗したということなのだろう、と理解している。

 

ここを間違えると、「正しい患者様層」や「正しい用量用法」、「正しい臨床評価指標」などは意味を持たなくなるばかりか、むしろ、薬を成功させるために患者層や用量用法、臨床評価指標を設定しようということにすらなりかねない

 

ただし、「あくまでも創薬標的はアミロイドだ」と拘る研究者はいる。

 

アルツハイマー病研究の第一人者である東京大学の岩坪威教授にも話を聞いた。

――なぜ、アルツハイマー型認知症の治療薬の開発は難しい?

アルツハイマー型認知症は、ヒトの脳の老化過程が病的に極度に加速した状態とも考えられ、治療の標的として極めて難しい対象であることが前提にあります。

しかし、主な理由は、数年以上前に計画された現行の治験の対象となっているのが、記憶障害や認知症の症状が現れた後の時期であって、ベータアミロイドなどの原因を抑える治療法が有効な時期としては、遅きに失している点にあると考えられます。

ヒトの脳には高い予備能力がありますので、軽度認知障害と呼ばれる、比較的症状が限られた時期でも、すでに多くの神経細胞が失われているために、そこの時点からベータアミロイドを抑えはじめるのでは、遅すぎた恐れがあります。

ベータアミロイドが、アルツハイマー型認知症の原因として最も強い要素であることは、まず間違いないと考えられます

しかし、ベータアミロイドを抑えて効果を期待するには、もっと早期のまだ症状のない、ベータアミロイドの溜まり始めの時期が望ましいかもしれません。(上記リンクより引用。赤文字強調は筆者によるもの。)

 

何故かは分からないが、いつのまにか神経細胞の外にAβ(アミロイドβ)というゴミが溜まってくる。するとそのうちに、神経細胞の中でtauタンパク質というゴミも溜まってくる。このtauタンパク質が神経細胞を変性させ、アルツハイマー型認知症が発症・進行する。』

 

これは、アルツハイマー病の発症機序として現在最も広く支持されている「アミロイドカスケード仮説」で、カスケードとは連鎖のことである。*2

 

「負の連鎖の最も上流に位置する(と思われる)アミロイドを叩く」という発想で開発された薬は、今回のアデュカヌマブの失敗をもって「全滅」という状況である。

 

この結果を受けてもなおアミロイドが主犯という考え方に拘るのであれば、上記で引用した東大教授の「ベータアミロイドを抑えて効果を期待するには、もっと早期のまだ症状のない、ベータアミロイドの溜まり始めの時期が望ましいかもしれません」という方向に活路を見出すしかないだろう。

 

「一つのクスリを、いつ、どのように、どのような量で飲ませるか」を突き詰めることは研究者の性なのかもしれないが、クスリの投与対象は病気ではなく”人”だということだけは忘れたくないものである。

 

ところで。

 

「アミロイドを除去しよう」よりも、「何故、アミロイドが沈着するのか」に興味がある自分は、以下の様な論文に注目する。

 

Alzheimer’s Disease-Associated β-Amyloid Is Rapidly Seeded by Herpesviridae to Protect against Brain Infection - ScienceDirect

 

Aβは真菌や細菌から脳を保護する自然免疫タンパクであり、ヘルペス感染がAβ沈着を促進させるという論文である。

 

昨年話題になった「アルツハイマー病 真実と終焉」という書籍によると、アルツハイマー病は

 

  1. 炎症性
  2. 栄養欠乏性
  3. 中毒性

 

の3つのサブタイプに分けられるそうだ。(p151)

 

ヘルペスをはじめとしたウイルスや細菌によって、また、過度の糖質や質の悪い油の摂取によって炎症を起こした脳を保護するために発現・沈着したAβを見て、我々は「オマエが犯人だ!」と言ってきたに過ぎないのではないか。

 

そう想像すると、何とも言えない既視感に襲われる。

 

傷ついた血管内皮を修復するために集積・沈着したコレステロールを見て、「オマエが犯人だ!」と言っていたに過ぎないことが分かったときのことを、想い出す。

 

 

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*1:アミロイドが溜まれば、みなアルツハイマーになるわけではないということ。

*2:不溶性のアミロイドではなく、可溶性のAβオリゴマーが主犯であるとする「オリゴマー仮説」というものもある。