初めてお会いしたときは89歳だったHMさんが、先日93歳になった。
当院初診の時点で、既にアルツハイマー型認知症の診断で10年間アリセプト5mgを内服され、メマリー20mgが加わったが、特に何かが改善したということはなく、少しずつもの忘れは進行していったようだった。
お付き合いが始まってからは抗認知症薬は減量中止、少量再開などの工夫をしつつ、緩く緩く見守っている。
今は、何を訊いても「大丈夫です。お陰様で!!」としか言わない。その後は黙ってジッと前を見つめている。そして、診察が終わると(家族との話が終わると)、「ありがとうございました。お陰様で!!」と深々と頭を下げて帰って行かれる。
元々かなり腰が曲がったHMさんなので、深々と頭を下げると前につんのめりそうになるかと思いきや、案外上手にバランスをとっている。
そんなご様子を、家族は苦笑しながら見守っている。そして、苦笑している家族をみながら自分は、「まだ大丈夫」と考えている。
93歳女性 アルツハイマー型認知症?神経原線維変化型老年期認知症?
初診時
(既往歴)
脳梗塞後遺症
(現病歴)
夫と二人暮し。10年前から、物盗られ妄想。アリセプトが始まり、特に変化はなく少しずつ進行。
以前は易怒性が高く、刃物を持ち出すこともしばしば。最近はややおとなしい。
最近メマリーが始まり短期間で20mgに。特に変化はないと。ケアマネの薦めで受診。
(診察所見)
HDS-R:14.5
遅延再生:2
立方体模写:不可
時計描画:不可
クリクトン尺度:30
保続:あり
取り繕い:なし
病識:なし
迷子:なし
レビースコア:1
rigid:なし
幻視:なし
ピックスコア:5
頭部CT左右差:なし
介護保険:要介護2
胃切除:なし
歩行障害:なし
排尿障害:なし
易怒性:あり
(診断)
ATD:△
DLB:
FTLD:△
MCI:
その他:SD-NFT
治療経過は約10年。SD-NFTかな?
娘さんが困っているのが、頻繁に電話が来ること。落ちつきなくうろうろして回ることなど。アリセプトは中止し、ウインタミン6mgを朝だけ処方。
かかりつけ変更希望有り。少し遠方なので、落ち着いたらまたお願いするかな。一生懸命なケアマネさんで好感が持てる。
1ヶ月後(初診から)
- 電話の回数が減った
- 捜し物が減った
- ヘルパーさんからみて落ち着きが増した
ウインタミン著効。6mgで継続。当院からの処方を希望。メマリーを徐々に減らしていく。
4ヶ月後(初診から)
順調な経過。「〜を盗られた」という電話は来るが、以前ほど猛々しくはなくなった。
診察室では礼節を保ち、声は大きくしっかりしている。
処方継続。
8ヶ月後
- 声は大きく元気、食欲あり
- 娘さんが当方の講演会を聞きに来ていた
初診時20mgだったメマリーは、現在5mgまで減量。当面5mgで維持かな。
初診から1年後
デイサービスは週に3回。
これが良い習慣になったのか、娘さんへの頻回な電話は減ったようだ。
処方継続。
1年4ヶ月後
物盗られ妄想悪化→ウインタミン6mgからグラマリール37.5mgに変更。
声は大きくしっかりしている。
金銭執着が強く、家族がおもちゃの紙幣を印刷して気を紛らわせていると。下肢にちょくちょく打撲痕。表皮剥離にはワセリンを。
1年6ヶ月後
- もの盗られ発言はあるが、周囲の対応で上手く捌けている
- デイサービスは週に5回、みんなの人気者
- 「お陰様で」が口癖
- 当方の顔は何となく覚えているようだ
もの盗られ発言が減ってきたら、グラマリール終了に。
1年8ヶ月後
- もの盗られ発言はあるが、周囲の対応で上手く捌けている
- デイサービスは週に5回、みんなの人気者
- 「お陰様で」が口癖
著変なく経過中。もの探しにはキーファインダーを活用してみては?とお伝えした。
次回は採血はどうか。
1年9ヶ月後
キーファインダーが早速2回役だったと。
HDSRと透視立方体模写と時計描画テストを3ヶ月後に。
元気ピンピン。娘さん苦笑い。
1年10ヶ月後
先々のためにと施設を見学にいったが、本人が不安になったのか騒いでしまい終了。
メマリーは7.5mgに増量。これで少し穏やかさが増せばグラマリールを減量しよう。
1年11ヶ月後
メマリー増量による変化なし。10mgに増量。ここまでにしよう。
デイサービスでは人気者。写真を見せて貰ったが、とても良い満面の笑みをしている。
家ではウロウロ、コンセントを抜いて回ったり、エアコンのランプを突いたりなどの行動が目立つ。別行動への転化を目指しましょう。ランプをシールで目隠ししたりなどで。
2年後
メマリー増量による好変化はなし。5mgに戻す。
息子さんの介護ストレスが強い。母親の高いエネルギーをもてあましているようだ。
グラマリールは50mgに増量。これで変化がなければクエチアピンかな。
2年3ヶ月後
もの隠しは減ってきたのでグラマリール減量開始。
採血は概ね問題なし。フェリチンは低いが、これは様子見かな。
2年5ヶ月後
CMより電話あり。介護保険区分変更を検討。
転倒し、右前腕骨折。1ヶ月後にギプス抜去予定。手術は認知症のため断念したと。
頻回に脱水を起こしては点滴を受けている。点滴中は目が離せない。クーラーが気になり、棒で突いて壊そうとするのでリモコンを家族が預かり涼しい室内に閉じ込めているような状況。
診察室の様子はいつも通り。他院のマグミットとアムロジピンを引き継ぐ。グラマリールからクエチアピン25mgに替えて夕方に処方統一。
2年6ヶ月後
ギプスが外れてすっきりしたようだ。
朝のスタートダッシュがかからなくなったようだ。クエチアピンの影響はあるかもしれない。夜の睡眠には一役買ってくれているようだが、12.5mgに減らす。
2年7ヶ月後
クエチアピンを減量したら、朝7時ぐらいから活動的になった。12.5mgで維持。
その他、著変無く経過中。
2年10ヶ月後
前回処方したエンシュアは好んで飲むようで、元気が出てきたと息子さん。
朝早起きできるようになったと。体重は2kg増量。偽痛風で〇〇整形受診。
処方は維持。
初診から3年後
- HDSR8.5(0)
- 透視立方体模写と時計描画テストは不可
- 頭部CTは3年間で全脳萎縮軽度進行
3年間で6点の低下。これはアルツハイマー的と言えるのかどうか。
食欲はあり活気も出てきた。物隠しはなくなったが、外に出かけようとする元気が出てきたのでそっちが心配と家族は苦笑い。
お会いして、3年が経った。
(引用終了)
高齢になればなるほど、様々な要素がミックスしてくる。
混合型認知症を、マルチミックスと便宜的に呼んでみる。 - 鹿児島認知症ブログ
病型ごとに特効薬が準備されている訳ではないため、病型診断には拘りすぎず、「抗認知症薬で火がつけられていないか?」に配慮しながら、全体のバランスをとることに注力している。
下はHMさんの初診時のCT画像だが、側頭葉内側レベルの横断画像ではATD(アルツハイマー)かSD-NFT(神経原線維変化型老年期認知症)かは、判断が出来なかった。
基底核レベルのスライスでは側脳室の相対的拡大はなく、もの忘れの症状出現が79歳とやや高齢で、その後は比較的緩徐な進行という経過から、ATDよりはSD-NFTを疑っている。もし側頭葉内側前方に強い萎縮を認めたり、萎縮の左右差があったりしたら、AGD(嗜銀顆粒性認知症)を疑っていただろう。