鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

日記を書くことで記憶をつなぎ止めようとし、日記を読むことで嫌なことを思い出す。

ある80代男性(以下Aさん)について。

運転免許絡みで当院にお引っ越しになった方

 

運転免許継続の是非について、かかりつけ医(以下B医師)に診断書を作成してもらうように警察から言われたAさん。

 

以下は、AさんとAさんのご家族の話を元に再現した会話。

 

Aさん「先生、警察から診断書を出せと言われたんですけど・・・」

B医師「大丈夫ですよ、いい風に書いておきますから(笑)」

Aさん「(免許は続けられるのだろうな・・・)」

 

 

その後、警察から免許停止の連絡があり、Aさんは激怒。

 

Aさん「先日受診したときに、先生が『いい風に書いておきますよ』と言ったのに、免許が取り消された。どういうことだ!?」

病院受付「先生は、『あなたに伝えるべきことは伝えたので、直接話すことはもうない』とのことです。残念ですが、先生にはお取り次ぎできません。」

 

 

その後、複数回にわたって警察や交通安全センター、病院に「なぜ免許を取り消されるんだ?」という電話をかけ、憔悴して混乱している父親をみかねた娘さんが、当院に連れて来られた。

 

話を傾聴しながら、「軽度認知機能障害(MCI)〜初期アルツハイマーかな」と考えたが、何しろ免許のことで激高していたので、長谷川式テストは火に油を注ぐだけと考え敢えて行わなかった。

 

話をしているうちに徐々に落ち着いてきたので、透視立方体模写と時計描画テストはさせてもらえた。その結果、視空間認知はある程度保たれていることが分かった。

 

突然の混乱

 

ただただ話を傾聴する外来を数回重ねていくうちにAさんは穏やかになり、その後免許のことで激高することはなくなった。

 

処方も微調整を積み重ね、数ヶ月間は非常に落ち着いて経過していた。

 

しかし最近、『「もう病院には行かない。薬も飲まない!」と言いだして、困っています』と、娘さんから相談があった。

 

よくよく聞くと、ある夜に過去の日記をずっと見返していたようで、どうもその後から様子がおかしくなったようだ。

 

ひょっとするとAさんは、運転免許が取り消された頃の日記を読み返してしまったのかもしれない。

 

特に夕方頃に不安が高まりやすいとのことだったので、抗不安薬のリーゼを処方し、その代わりに内服中であったグラマリールは中止とした。

 

リーゼの用法(内服時間)については娘さんの判断に任せることにしたのだが、数日で落ち着きを得ることが出来た。そして、リーゼも連日服用すると眠気に繋がることに気づいた娘さんの判断で、数日使用して中止。幸いその後、不穏が再燃することはなかった。

 

日記の功罪

 

Aさんがいつから日記を付け始めたのかは分からない。

 

「年をとって忘れやすくなっているので、日記は欠かさないんですよ。」とご自分で仰っていた。これは、自身の衰えをある程度客観視出来ているということである。

 

習慣は人を安定させてくれる効果がある*1

 

衰えを客観視できているうちに何か新しい習慣を身につけておくと、その習慣が後々その人を助けてくれることがある。

 

日記は、記憶を呼び起こすことの出来る優れたツールである。しかし、日記を読み返すことで嫌なことまで思い出してしまうことも時にはあるだろう。

 

忘れたい記憶や思い出したくない不快な出来事は、誰にでもある。

 

何かの拍子に嫌な記憶を思い出してしまった時に感情は揺さぶられるわけだが、その感情を封印するには大脳皮質の力が必要である。

 

しかし、加齢や認知症、その他の様々な理由で大脳皮質の力が衰えていると、不快な記憶により惹起された生々しい感情を抑えることが難しくなる。認知症の周辺症状の多くは、そのようにして発現しているのだろう。

 

今後、日記を付けている高齢者に対しては「楽しいことだけ書きとめておくようにしましょうね」と伝えてみよう。

 

人生後半戦の大切な時間を、嫌なことを思い出すことで消費してしまうのは勿体ない。

 

 


written in slumber flickr photo by matryosha shared under a Creative Commons (BY) license

*1:いわゆるルーティン。