鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

診断書には医学的診断しか書けない。しかし、求められているのは社会的診断なのかもしれない。

 

昨年運転免許を更新出来たのだが、その後なんどか車を擦っているらしい87歳男性KTさん。「運転を止めさせたい」と願う家族に連れられ、不承不承来院された。

 

「免許を返すかどうかは、オレが決める!!」

 

ひとまず型どおりに頭部CTを撮影して、その後に長谷川式テストと視空間認知テストを行った。

 

「今から言う3つの言葉を覚えていて下さいね」→「必要ない!!」

「さっき言った3つの言葉は何でしたっけ?」→「知るわけがない!!」

「野菜の名前を多く挙げてみて下さい」→「そんなことに答える必要はない!!」

 

恐らくちゃんと考えれば正答できるであろう問題に対して「そんなのオレには必要ない!!」と、ズバズバ回答を拒否した結果、長谷川式テストは30点満点の15点。これは、アルツハイマー的な「取り繕いつつ答えない」ということではなく、ピック的な即断拒否でもなく、単に「そんな分かりきったことを一々オレに聞くな」といった感じの拒否と思われた。視空間認知テストは完璧だった。

 

この結果でもって、「認知症ですね」という医学的診断は出来ない。

 

免許を取り上げるための方便として病名を付ける医者がいるのかどうか知らないが、いるとすれば、その医者は「社会的診断」をしているのだろう。*1

 

診察のやり取りを聞いていた3人の家族は、ガックリと項垂れていた。

 

『医者の医学的判断』で免許を返上するよう穏便に説得して欲しいと願う家族の気持ちは痛いほど分かるが、

 

「あなたが車に乗るせいで、家族が困っていますよ。人身事故を起こされたら困るから、免許を返上して欲しいんですって。」

 

などと人として言えないし、かといって

 

「あなたは日常生活は完全に自立していて、また視空間認知にも問題はありませんが、認知機能テストで基準点以下でした。よって、認知症の診断書を書きます。この診断書で、あなたは免許取り消しとなります」

 

などとは、医者として言えない。

 

認知症でないと判断した人に認知症の診断書を発行することは、職業倫理に明確に反するので自分はしない。*2

 

KTさんは認知症ではなく、「元々プライドが高い、わがままな」爺ちゃんというだけだ。

 

一家の長として長く君臨し、やりたいようにやってきたのだろう。周囲の家族の萎縮ぶりから、そのようなKTさんのキャラクターが何となく窺うことができた。

 

自分が事故を起こす可能性は一顧だにせず、「90歳になったら、免許を返上してやろうかと考えている」と嘯くKTさんからは、尊大さと同時に一種の潔さも感じられた。

 

家族は「医者から言って聞かせて免許を返上させて欲しい。もしくは、認知症の診断書を書いて免許を取り消して欲しい。」と藁をも掴む思いで受診させたのだろうが、残念ながら当の本人は、家族のみならず医者の言うことにも耳を貸す気は全くなかった。

 

キャラクターは、いかんともし難いものである。

 

「今回は認知症という診断書は書けません。いつかは免許を卒業する日が来ますが、警察に取り上げられるのではなく、自分で卒業したいですよね。準備して、自主返納に備えていきましょうよ。」

 

耳には届かないだろうと思いながらも、診察を終える前に一言添えるのが精一杯だった。

 

意気揚々と診察室を出て行くKTさん。泣き笑いのような表情で頭を下げて出ていった娘さん。

 

あとに残された自分は、どのような表情をしていたのだろう。

 


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*1:高齢夫婦のどちらかが入院となった時、残された配偶者の生活が立ちゆかなくなることがある。その場合、適宜病名を付けて同じ病院に入院して貰うことがあるが、それを俗に「社会的入院」と呼ぶ。医学的必要性とは別で、社会的に入院が必要と判断されるケースは高齢者ではかなりあるのが実情。

*2:高齢者の運転は危険だという社会的風潮に、我々医者は忖度して診断書を書かねばならないのか。「車を擦るようになった」というのは運転技能が低下してきたということであって、認知症は関係なく公安委員会が判断すればよいことだ。運転技能には問題はないけれども、家族が心配だから運転を止めさせたいのであれば、警察に直接相談するシステムがあればよい。しかし現状では、それを家族がやると警察で「病院に相談して」と言われることが多い。病院を仲介させるから話がややこしくなるのに。我々は、家族と警察との間で板挟みになっている。