鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

【症例報告】認知症の進行よりも妄想対策を優先させ、結果落ち着いている事例。

 

今回紹介するのは80代後半の女性SMさん。

 

もの忘れよりも妄想が生活上の大きな問題となっていた方で、治療に用いる薬剤は「認知症の進行を抑える薬」ではなく、「妄想を抑える薬」を選んだ。そして、妄想が一段落して家族に余裕が生まれてきたら、今度は栄養療法を少し加え、プレタールで認知機能を補強。処方は全て、一日一回朝食後とした。

 

使用する必要性を感じなかったので、3年間一度も抗認知症薬を使うことはなかった。

 

「"取り敢えず"、進行を抑えるために抗認知症薬は入れておかないと」と考える人にとっては、抗認知症薬を入れることで妄想が悪化する可能性は二の次かもしれない。

 

これは優先順位のつけ方の違いでもあろうが、自分は「今、目の前で起きて困っていること」への対策を、「認知症の進行を遅らせる(かもしれない)こと」よりも優先させる。抗認知症薬使用を優先させて妄想が悪化した際の後始末の大変さを経験すれば、自然とそのような考え方になる。*1

 

自分でやらかしたことの後始末は勿論経験済みだが、圧倒的に多いのは"他所の病院の後始末"である。

 

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SMさんのHDSRは3年間で21→16という経過を辿ったが、この「年に2点程度の低下」は一般的なアルツハイマーの経過に準ずると思われる。抗認知症薬を使用していなかったから下がったとは、自分は考えない。

 

80代後半でHDSR16/30、ADLは軽介助自立という現状に、抗認知症薬が入り込む余地はない。

 

今後、意欲や活気の著しい低下をきたすようであれば、少量で工夫することはあるかもしれないが、プレタールが相当に良い仕事をしてくれているので当面心配はしていない。

 

80代後半の女性 アルツハイマー型認知症

 

平成27年9月1日(火) 初診


(既往歴)

高血圧と高脂血症で内服中

(現病歴)

7年前に夫を亡くしてからは田舎で独居だったが、最近になり娘さんの近くの市内に転居した。独居はそのまま。


物盗られ妄想や「不審者がいる!」と警察を呼び騒ぎを起こすようになってきたことを心配した娘さん達が連れてきた。本人はニコニコと愛想良いが不安そう。

 

(診察所見)

HDS-R:21
遅延再生:2
立方体模写:OK
時計描画:OK
クリクトン尺度:
保続:なし
取り繕い:あり
病識:なし
迷子:なし
レビースコア:-
rigid:なし
幻視:なし
ピックスコア:-
頭部CT左右差:なし
介護保険:なし
胃切除:なし
歩行障害:なし
排尿障害:なし
易怒性:なし


(診断)
ATD:〇
DLB:
FTLD:
MCI:
その他:

 

ATDかな。夜間の不安には抑肝散1包を。フェルガードも推奨。2週間後に再診。
抗認知症薬は慎重に。介護保険申請もしましょう。

 

6週間後

 

2週間後の予定だったが、6週間後で再診。


今回はお孫さんが付き添う。
「誰かに見張られている」という注察妄想は消えてはいないようだ。

 

抑肝散を朝夕に増量。これでダメなら抗認知症薬もしくはセレネースかな。
フェルガードは100Mを始めたと。


1ヶ月後


注察妄想が続いている。
セレネースを朝に0.3mgで開始。
抑肝散夕は残す。本人が気に入って飲んでいるので。


ATDでいいのかな?遅発性パラフレニアかな?


1ヶ月後


注察妄想が大幅に改善し、外に出かけられるようなった。セレネース著効。
自覚的にも「なんだか元気が出てきた」と。

 

0.3mgで維持していく。


 介入開始から半年後


著変無く経過中。
妄想言動はセレネース開始以降、影を潜めている。

 

3ヶ月後

 

見えない何かに怯えることが、以前より少し増えたかもと娘さん。

 

抑肝散は残あり、今回は処方せず。
セレネース増量。診断は遅発性パラフレニアに寄せてみる

 

1ヶ月後

 

最近はセレネースも抑肝散もなしで経過をみているが、さほど悪くはないと娘さん。

遅発性パラフレニアの可能性については娘さんに説明。


フェルガードは飲めていないようだ。娘さんが訪問するタイミングでいいので1P乃至は2P飲んでもらいましょう。

 

次回受診は様子を見ながら電話連絡を。

 

前回診察から1年後(初診から2年後)

 

  • HDS-R:10.5
  • 遅延再生:0
  • 立方体模写:不可
  • 時計描画:不可

 

頭部CTで両側基底核に虚血痕散在。プレタール50mg開始。

 

2ヶ月前に道に迷っているところを警察に保護された。「家がわからなくなった」と言っていたとのこと。

 

先月は自宅マンションのロビーでウロウロし、また警察に保護された。同日に娘さんが自分の家に連れ帰ったが、現在混乱の極みだと。人物誤認、見当識障害。夕方症候群。自分がおかしいという病識はあり。

 

アルツハイマーベースで経過してきたが、最近になり脳梗塞が加わって一気に悪化したのだろう。現在の表現型はATD+VaD。

 

躊躇ってきた介護保険申請は、今回こそは行いましょう。


以前〇〇病院に通っていたが、検査が多すぎて辟易し通院が途絶えたようだ。前回診察から1年が空いた理由を娘さんは述べなかったが、どちらかというと病院や薬に対して否定的な見解の持ち主なのかな。「一緒に住んで私が看ます」と。娘さんが確実に服薬を確認出来る、朝1回の処方でいきましょう。

 

独居解消。

 

1ヶ月後

 

  • ややふらつく
  • 食欲は大丈夫
  • 排便は3日に一回→マグミット開始
  • 睡眠は良好
  • 下顎振戦

 

一時期の混乱は落ち着いてきた。娘さんの夫が分からなくなったりはある。トイレの場所は大丈夫。

 

サービスは利用予定。頭痛動悸はなく、プレタールは100mgに増量し維持する。脳梗塞急性期の時期は過ぎているので、降圧薬開始。アジルバ20mgを選択。

 

1ヶ月後

 

  • 赤血球数: 290×10^4/μl
  • 血色素量(HB): 9.9g/dl
  • ヘマトクリット: 29.8%
  • MCV: 102.8fl
  • MCH: 34.1pg
  • AST(GOT):15IU/l
  • ALT(GPT):8IU/l
  • A L P: 101IU/l
  • γ-GTP:10IU/l
  • 血糖: 224mg/dl
  • LDL-CHO: 160mg/dl
  • フェリチン定量:111.7ng/ml

 

ALP低値。亜鉛低値を予想してプロマック開始。フェリチンは100以上あり大球性の貧血を認める。トランスアミナーゼの数値からは低タンパク傾向が示唆される。

 

デイサービスは今のところ週一回だけ。行けば楽しめるようだ。貧血解消を期して動物性タンパクの積極摂取を。

 

1ヶ月後

 

著変無く経過中。

 

排便は3~4日おき。マグミットは増量。
動物性蛋白は意識して増やしていると。

 

 

2ヶ月後

 

カプグラ的言動があっても、娘さんがうまくいなしているようだ。実生活における大きなお困り事は、今はない。

 

☆カプグラ症候群・・・よく見知った人物が、見知らぬ他人に入れ替わっていると感じてしまう現象のこと。

 

1ヶ月後

 

著変無く経過中。カプグラは許容範囲内と。
フェルガード100M2P1X夕の継続はお任せ。

次回は採血。

 

1ヶ月後

 

短期記憶低下以外は、排泄の失敗や食欲低下はなく、入浴も自分で出来ている。


今度からデイサービスが週3回になった。当初あった帰宅願望は今はなく、楽しめているようだ。フェルガードは今は飲んでいない。カプグラはあるが拗らせていないのでいいかな、と娘さん。

 

1ヶ月後

 

長女さんにはないが、次女さんにはカプグラが出る。その他は特に混乱はない。
採血で貧血は若干改善傾向。高たんぱくを意識した成果かな。水分はもっと摂取を。

 

 

2ヶ月後

 

以前より表情に乏しくなってきたかなと。
今日は、当院受診を少し早めに伝えたことで、かえって混乱してしまったようだ。
直前に伝えて、連れてきてあげましょう。日時の約束は困難だと思うので、今後は極力避けましょう。

 

処方は維持。娘さんに増薬希望はない。

 

2ヶ月後

 

ケアマネ連絡票にて確認。

 

  • 食事は自立
  • 入浴は自宅で自分で入る
  • 排泄はトイレで自立
  • 移動、洗面自立、短期記憶低下あり通所介護では以前よりも帰宅願望少なくなっている
  • 通所介護を週3利用

 

順調な経過。

 

 

初診から3年後

 

  • HDSR16(2)
  • 透視立方体模写OK
  • 時計描画テストは10時10分不可

 

一気に悪化した1年前から6点上昇。抗認知症薬の使用はなし。


CTでは、ICA硬化性変化は進行した。

 

娘さんとの同居とデイサービス利用、これが相当有利に働いたかな。


冗談も言える。場所の見当識を問うと「素敵な先生の所!!」と。

 

「ありがとうございます。お礼に、今日のテストはサービスで多めに点数を足しましょうか?」

 

と問うと、

 

「たくさん足しといて!」

 

と笑いながら仰った。

 

この調子で。

 

(最終処方)

  • プレタールOD(100)1T1XM
  • アジルバ(20)1T1XM
  • マグミット(500)1T1XM
  • プロマックD(75)1T1XM

 

(引用終了)

 

頭蓋内内頚動脈硬化性変化

 

 

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*1:抗認知症薬で周辺症状が悪化していることに気づけない医師は、その周辺症状を、抗認知症薬を減らしたり止めたりすることなく、抗精神病薬で押さえ込もうとする。無自覚な自作自演、ひとりマッチポンプである。