鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

警察と認知症患者さんの狭間で考えること。

 

先日、ある患者さんのことで警察から照会があった。

 

詳細は省くが、法に触れる幾つかの行動があったとのこと。

 

その患者さんは、長谷川式テストが10/30で遅延再生は0/6。時計描画は可能であったが、透視立方体模写は不可。頭部CTでは萎縮の左右差を認めた。

 

その他、日常生活における被刺激性の亢進を窺わせるエピソードや、質問に対する極端な考え無精、診察室内での不機嫌ぶり、診察室からの立ち去り行動などから、脱抑制型のbv-FTD(行動異常型-前頭側頭型認知症)、つまり"ピック病"の可能性を考えた。

 

照会に訪れた警官から尋ねられたことは以下。

 

  1. 認知症なのか?
  2. 治療はどうするつもりか?
  3. 責任は問えるのか?

 

それぞれについて、当方がどのように説明したかを以下に書いてみる。

 

「認知症なのか?」という問いに対する返答

 

反社会的な行動をとることのある、ピック病というタイプの認知症だと思う。

 

「治療はどうするつもりか?」という問いに対する返答

 

こちらが話を終える前に診察室を出て行くぐらいなので、今後来院してくれるかどうかも現時点では分からない。 

 

もし次回があるとしたら、ご本人とは関係性の構築を優先させつつ、ご家族には対応の仕方を説明する。それを何度か繰り返すことが出来ればいいのだが。ご家族が上手く対応することで、本人が落ち着くことはあるので。

 

どうしても被刺激性の亢進や反社会的行動が問題になる場合には、抗精神病薬の使用を検討せざるを得ないが、果たして薬を飲んでくれるかどうか。

 

ちなみにこのタイプの認知症では、世間一般に流布していると思われる「認知症になったら、早めに進行を遅らせるお薬(抗認知症薬)を貰いましょう」といった"常識"は通用しない。抗認知症薬が、逆に状況を悪化させることがある。

 

「責任は問えるのか?」という問いに対して

 

問えないと思う。

 

「どれぐらい責任能力が残っているのか?」ともあなたは聞くが、「どれぐらい」とは、「量的」という意味なのか?

 

自分は、「質的」に責任能力は問えないと考える。「長谷川式の点数が10点取れているのだから、その分の判断能力は・・・?」ともあなたは聞くが、世の中には認知機能テストで高得点をとる認知症の方もいる。それとも、テストが0点で責任能力ゼロとする法的ルールでもあるのか?

 

認知症と刑事責任問題

 

刑事事件では,心神喪失又は心神耗弱の状態(精神障害のために善悪の区別がつかないなど、刑事責任を問えない状態)で,一定の重大な他害行為(殺人,放火,強盗,強姦,強制わいせつ,傷害)を行った者について,裁判で無罪もしくは検察官が不起訴にした場合,医療観察法に基づく治療を受けさせるために,最大3か月の鑑定入院及び裁判所の審判に基づく強制的な入通院命令を出す制度があります。

この制度は,刑事上の責任無能力下で,一定の重大な他害行為を行った者が対象ですが,認知症の場合にも刑事上の責任無能力と判断されることは十分ありえます。

したがって,認知症の高齢者が,殺人や強盗,傷害などの罪を犯した場合で,無罪や不起訴となった場合には,検察官の申し立てにより,裁判所の審判を経て強制的な入通院命令が下される可能性があります。(相談LINEより引用)

 

器質的精神障害である認知症は、上記の「精神障害のために善悪の区別がつかないほど、刑事責任を問えない状態」と考えて対応することが必要である。

 

認知症患者さんが「殺人、放火、強盗、強姦」といった重犯罪を犯してしまった場合、医療観察法に基づいた措置が為されることに異論はないと思う。

 

では、上記の重大な他害行為に含まれている、「強制わいせつと傷害」*1についてはどうだろうか?

 

ちょっと脱抑制気味のアルツハイマーのおじいちゃんが、入居先の施設で女性スタッフにちょっかいを出す、といったことは多々ある。あり過ぎると言ってよいぐらいだ。

 

また、自分が勤務医時代には以下のようなことを多数経験した。

 

  脳卒中で入院中のおじいちゃんが、看護師さんにタッチする→看護師さんが激怒して師長さんに報告→師長さんに「先生から厳しく言ってやってください!」と言われ、本人に「あんなコトしたらダメじゃないですか、嫌われちゃいますよ?」とたしなめるも、シラを切られる→納得いかない看護師さんや師長さんに突き上げられ、家族を呼んで「あなたたちのお父さんがですね・・・」と説明し、家族は恥ずかしさのあまり、患者を罵倒する→おじいちゃんションボリ→看護師さん達は「ソレ見たことか」と溜飲を下げる→うつろな目の担当医←(コレ自分!)

 

問題を起こすのはおじいちゃんだけではなく、ピック的要素を持つ女性がデイサービスの男性スタッフに自分の胸を触らせるといった事例もあった(遠い目)。

 

これらのことは、厳しく見積もれば「強制わいせつ」であろうし、また、常同行動中に患者さんが不意に制止され、逆上して振り上げた手でスタッフが怪我をした場合も、厳しく見積もれば「傷害」となるのだろう。

 

高齢者に関わる医療介護系の仕事をしている方であればご理解頂けると思うが、上記のようなことは日常茶飯事である。自分も、患者さんに叩かれ、つねられ、唾を吐きかけられ、といった経験がある。

 

正直シンドイ側面の多い仕事ではあるが、しかし、大体はみんな耐えている。「こんな仕事はやってられない!」と辞めていく人は多いが、それはそれで致し方ない。

 

しかし、「犯罪者として訴えてやる!」とまで考える医療介護関係者は、そうそういない。「認知症患者さんを訴えても、どうなるものでもない」という"常識的な"判断をして、自分の中で折り合いを付けている方がほとんどだと思う。

 

警察は、残存責任能力を子細に見積もって認知症患者さんを立件するとして、そこに何か期待するものがあるのだろうか?

 

反省を期待しているとしたら、残念ながらそれは難しいであろう。認知症は進行性の変性疾患であるため、刑を科すことで精神的矯正は期待出来ない。

 

「社会に害を及ぼさないために隔離する」ために立件するのであれば、そのことに対する社会の反応は様々であろうが、警察の判断ですればよいと思う。

 

「お医者さんが診断したから」というexcuseとして利用されているように感じることが多々あるため、個人的には積極的に警察に協力したいとは思わない。

 

認知症患者さんに刑を科すことは病状を悪化させることになり得るため、医者の立場としては積極的に科刑を後押しする判断はしづらいし、そもそも患者さんや家族が社会から孤立しないための工夫を考えるのが、医者としての自分の仕事である。

 

しかし、警察はそうではない。

 

警察とは、犯罪から一般市民を守るための組織である。犯罪を未然に防ぐために日々パトロールし、摘発し、犯罪者が再犯を重ねないように目を光らせる。

 

今回のケースは「複数回の罪を犯すことは、社会的に影響がある」と考え、可能であれば立件しようとしたのかもしれない。

 

立場も違えば見ている方向も違うので、かみ合わない*2のは当然である。これは、どちらが正しくてどちらが間違っている、という類いの話ではない。

 

今春の道路交通法改正に伴い、これまでよりも警察と認知症患者さんとの接点は大幅に増えると思われる。

 

警察の庇護対象である一般市民の中には当然、認知症患者さんも含まれる。認知症に対する知識と理解を深めることは、警察にとって喫緊の課題だと言えよう。

 

 

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(「いらすとか」で作成)

 

*1:今回紹介した方の犯した犯罪は、何れにも該当しない。個人的には、「それは"微罪処分"でいいのでは?と感じた。」

*2:担当警官は何度も診察室を出入りしては、上司と電話で連絡を取っていた。その都度、「どの程度の責任能力が~」を繰り返し聞かれたorz