鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

元のお父さんに戻った!

 認知症外来をやっていると、時に「以前の母(父)に戻りました」という言葉を頂く。

 

改善例は多く経験してきたが、元に戻ったという評価はそうそう頂けないので、そう言われたときの嬉しさはひとしおである。

80代男性 加齢に伴う生理的衰え+軽度水頭症+脳梗塞

 

初診時

 

(現病歴)

 

奥様、娘さんとの3人暮らし。

 

1ヶ月前から

 

  • 夜中に車の所まで行き鍵がないと騒ぐ
  • 午前中年金支給日ではないのに郵便局に行く(迷子にはならない)
  • 同じ事を何度も話す
  • トイレの場所を間違う


このような混乱を認めるようになったOHさん。〇〇病院で降圧薬を1種類内服中。

 

(診察所見)
HDS-R:12
遅延再生:3
立方体模写:不可
時計描画:拙劣
IADL:4
改訂クリクトン尺度:23
Zarit:17
GDS:5
保続:なし
取り繕い:なし
病識:あり
迷子:なし
レビースコア:ー
rigid:なし
幻視:亡くなった人に会いに行く?明瞭な幻視はなし
ピックスコア:ー
FTLDセット:ー 軽度語義失語あり
頭部CT所見:右内包後脚でLDA 軽度DESH 萎縮は強い
介護保険:なし
胃切除:なし
歩行障害:ややふらつくすり足歩行
排尿障害:頻尿
易怒性:なし
傾眠:あり

(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:
その他:VaD

(考察)

 

構音障害著明で軽度左口角下垂を認める。脳梗塞の影響だろう。左右差のある明らかな麻痺はなし。

 

おかしな行動をとるようになった時期から、しゃべり方のおかしさも目立っていたと。

 

軽度水頭症要素及び加齢に伴う予備能低下がベースにあり、そこに脳梗塞が加わっての今回の混乱、というスジかな。

 

日中活気対策でサアミオン、夜間の混乱防止に抑肝散。プレタールで梗塞再発予防及び活気の底上げをし、シチコリン(500mg)で覚醒を促す。

 

処方は当院で一括化するかな?

 

2週間後

 

皮膚掻痒に対してオイラックス処方。

 

活気は上がったようだが、日中家から出て行こうとするのが妻にとって最大の苦痛。「もう無理!」と娘さんにこぼしているらしい。

 

現在、週に5回デイサービス。これを、泊まりを増やして施設入所を目指していこうと娘さんは考えているようだ。

 

今回は抑肝散は中止して少量チアプリド(25mg/day)+少量レミニール(4mg/day)。夜間睡眠はサプリメントのグリナが効いているようだ。

 

診察室では上機嫌。極力これは維持したい。

 

2週間後

 

チアプリドでやや落ち着きが出たようだ。今回はレミニール増量(8mg/day)に加えて、便秘対策でマグミットを開始。


グリナは月に7000円ほどかかる、と娘さん。リスミー1mgをお試し。

 

4週間後

 

娘さんの表情が、今までで一番良い。一時は施設入所まで検討していたとは思えない程。

 

マグミットによる便秘解消とリスミーによる良眠が上手く嵌まったかな。ご自分でも、「ここの薬は僕にあっているねー」と。

 

冷え症対策でペリシット(500mg/day)開始。リスミーは定期内服にする。

 

4週間後

 

「前の父に戻りました。今は何も困っていないです。」と娘さん。

 

ペリシットによる変化はまだ感じないと。リスミーで夜間トイレは1回だけに減った。排泄面での不満は現在ない。

 

採血でHbA1cが8.5→エクア開始。併せて、軽めの糖質制限の方法について説明。

 

(引用終了)

 

正常圧水頭症+脳梗塞



処方の工夫(組み立ての背景説明)

 

長谷川式テストは12/30で遅延再生は3/6、透視立方体模写と時計描画テストはいずれも不可。これをどう考えるか。ちなみに、テスト中に保続は認めなかった。

 

認知症のテスト

アルツハイマーの可能性を見いだせるか?

 

テストは万遍なく失点、という印象である。アルツハイマーの方は、

 

『分からないことを取り繕いながら、日時見当識や遅延再生が非常に弱く、後半ダダダッと失点を重ねていく。』

このようなパターンが多いのだが、今回の方はそれに当てはまらない。視空間認知の衰えは確実に認めるが、これもアルツハイマーに特有という訳ではない。

 

「これまでは、年齢相応の衰えと思っていた」という娘さんからの情報と、1ヶ月という比較的短期間での認知面低下という経緯から、アルツハイマーの可能性は低く見積もることにした。

 

その上で、『加齢と軽度水頭症要素から脳の予備能が低下していた状態で脳梗塞に見舞われたため、急激に能力が低下した』と想定して、ご家族の希望をお聞きしながら処方の組み立てを考えた。

 

「とにかく、日中の傾眠をなんとかしたい」というご希望が一番だったので、まずはシチコリン500mgを静注。そして、サアミオン朝5mgにプレタール50mgx2で活気対策+脳梗塞予防を開始。

 

また、「夕方以降の混乱」に対しては、夕食前に抑肝散2.5gを処方した。

 

2週間後。

 

大幅な活動性と意欲の向上が確認出来た。これは大部分はシチコリンによってもたらされたものだろうと思われたが、奥さんが大変に感じるぐらい活動的(易怒性亢進ではない)だったようなので、念のためにサアミオンはいったん終了とした。

 

夕方以降の混乱が鎮まることに期待して入れた抑肝散2.5gの効果は弱いようであったので、これまた終了。代わりにチアプリド12.5mgx2を処方した。

 

そして、このタイミングでレミニール(抗認知症薬)を2mgx2で開始。

 

これは脳血流を増やしたかったことに加え、サアミオンを止めることとチアプリドが加わることによって落ちすぎるかもしれない活気の底上げを期待しての処方であった。

 

その結果、介入3ヶ月で「前の父に戻りました!!」という評価を頂けた。

 

「最初からチアプリドやレミニールでもいいのでは?」という意見はあるだろう。確かに、それでも上手くいったかもしれない。

 

ただ、最初からチアプリドだと日中の傾眠が悪化する可能性があるし、また、「悪化要因が血管成分メインの方に、初回から抗認知症薬は投与しない」という、経験から得たマイルールに則ってレミニールは後回しにした。

 

結果的に最終処方が似たような内容になっていたとしても、処方する順番で経過はかなり異なるように思う。

 

出来れば最短で改善に持っていき、それを長期間維持したいので、優先順位のつけ方にはこだわっている。

 

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