鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

防衛医療に徹していると、改善の機会を逃すことがある。

 

治療における選択肢を示すことは、医者の重要な仕事の一つだと思っている。

 

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ただ、全ての選択肢を同列で説明する訳ではない。

 

防衛医療*1に徹しすぎると患者さんが改善の機会を失う事があるため、これまでの自分の経験から上手くいく可能性が高いものを優先して勧めるぐらいのメリハリはつける。

 

治療を迷っている患者さんを見かけた時には、少し背中を押してあげることもまた、医者の重要な仕事の一つだと思う。

 

70代後半女性 特発性正常圧水頭症

 

受診前

 

娘さんより予約の電話あり。

 

人間ドックにて血糖値異常を指摘された。インターネットで検索し、当院が糖質制限を推奨している事を知った。物忘れも気になるので、糖質制限の事と合わせてお願いしたい。本人も最近物忘れが多いことは自覚している。

 

すぐ言った事を忘れる、「市役所行こうね」と言って車に乗ったのに「どこ行くの?」と尋ねてくる。かと思えばしっかりしている時もある。


1ケ月前トイレに間に合わない時が1週間ほどあったが現在はトイレに間に合わない事はない。月単位でトイレに間に合わない事が繰り返している。いい時と悪いときがはっきりしている。(受付〇〇記載)

 

初診時

 

(現病歴)

2~3年前に近しい友人が亡くなってから外出頻度が減り、その頃から物忘れが気になるようになった。ここ数年で自損事故5回。今年の免許更新は乗り越えた。現在の運転頻度は週に1回。

 

以前一回だけ、夜中に「虫がいる」と騒いだことがあった。

 

(診察所見)
HDS-R:26
遅延再生:4
立方体模写:OK
時計描画:OK
IADL:7
改訂クリクトン尺度:4
Zarit:1
GDS:2
保続:なし
取り繕い:なし
病識:あり
迷子:なし
レビースコア:ー
rigid:右にわずかにあり
幻視:一回あり?
ピックスコア:ー
FTLDセット:ー
頭部CT所見:DESH
介護保険:なし
胃切除:なし
歩行障害:すり足
排尿障害:失禁頻尿が以前あり?
易怒性:なし
傾眠:あり

(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:
その他:NPH

(考察)

 

入室時の歩行は微妙にすり足。

 

尋ねると、「1年ぐらい前から・・・」とのことであった。頻尿失禁に関しては曖昧。ご本人に尋ねてもはっきりしないが、後ろで激しく娘さんは頷いている。

 

「調子の波が大きい」・「虫が見えて大騒ぎ」・「右上肢のわずかなrigid」は、忘れずに*2。正常圧水頭症の可能性を考え、タップテストをまずはお勧めした。

 

血糖値異常とは、空腹時血糖130のことであった。糖質制限の考え方と取り組み方について簡単に説明。

 

(引用終了)

 

3年後、5年後を見据えた早期介入

 

その後、この方はタップテスト(髄液排除試験)を受けられた。

 

タップテストから2週間経って当院を再診してもらったが、ご本人は「何となく足が軽い」と言い、また娘さんは「前のめりだった歩き方が安定しているかも」、とのことであった。

 

お二人とも、改善効果についての確信はないようであった。

 

当方からみて明らかにタップテスト陽性と思われたので、ややためらっているご本人ご家族に手術のメリットを話したところ了承されたので、〇〇病院にLPシャント手術を依頼。

 

術前術後の評価は以下。

 

(タップテスト前)

 

  • MMSE 25/30
  • FAB 11/18
  • 3m歩行 9.8秒
  • BBT 50/56
  • FIM 107/126

 

(LPシャント術後1ヶ月)

 

  • MMSE 27/30
  • FAB 16/18
  • 3m歩行 8.8秒
  • BBT 53/56
  • FIM 124/126

 

ほぼ全ての面で改善した。

 

タップテストで自覚的な改善があれば、治療(手術)に踏み切りやすい。

 

しかし、はっきりとした自覚的な改善がない場合は悩ましい。正常圧水頭症以外の認知症を合併している場合には、尚更である(患者さんが好変化を自覚出来ることは、まずない)。

 

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特に何かが目立って悪い訳ではない場合、「まだこれぐらいの力が残っているなら、しばらく様子をみてもいいかな」となることが多い。今回の方も、術前評価は別にそこまで悪い結果ではなかった。

 

しかし、「今はまだ大丈夫=今後も多分大丈夫」とは限らない。そこには加齢の影響が加わってくるし、ひょっとすると変性性認知症(この方の場合は、DLBの可能性を何となく考えた)が合併してくるかもしれない。

 

「認知症の早期発見、早期治療」という一種のブームの中、抗認知症薬の早期投与というやり方には懐疑的な自分であるが、正常圧水頭症に関しては出来れば早めに治療することが望ましいと考えている。

 

変性性認知症は、様々な要因で悪化しうる。しかし、悪化要因をうまく排除できれば、抗認知症薬を使用せずともまずまずの良い状態を維持出来る方には、結構な頻度で遭遇する。

 

しかし、正常圧水頭症はそうはいかない。髄液の流れを変えない限りは、加齢による衰えに拍車を掛ける形で認知面低下、歩行能力低下をきたしていく。

  

この方の3年後、5年後を考えて、ご本人達はややためらってはいたものの、こちらから積極的に背中を押して、シャント手術を受けて頂いた。それが良い結果に繋がったことを嬉しく思う*3

 


Push flickr photo by Thristian shared under a Creative Commons (BY-SA) license  

*1:積極的治療が上手くいかなかった場合に訴えられるリスクを考慮して、消極的治療しか提供しない、もしくはリスクの高い患者の診療はしない、という医療のこと。

*2:将来的に、レビー小体型認知症を発症するかもしれない、ということ。

*3:良い結果に繋がらなかった時のフォローアップをしっかりするのもまた、医者の重要な仕事の一つである。