鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

特発性正常圧水頭症(iNPH)診療の前提として必要なこと。

 

脳神経外科速報という雑誌を、もう10年以上定期購読している。

 

 

既に脳神経"外科医"ではなくなった自分だが、脳神経外科領域の知識のupdateはしておきたいので今でも読んでいる。

 

最近は認知症に関する奥村歩先生の連載が始まり、興味深く読んでいる。2017年8月号は特発性正常圧水頭症に関する記事だったので、一部抜粋紹介する。

 

「iNPHが共存しているかもしれない」という前提で患者さんを診ることで、iNPHの見落としを減らす

 

Hospital-based studyとしては、物忘れ外来の記憶障害を主訴とした連続400例のうち、71例(17.8%)にiNPHが疑われ、14例(3.5%)で確定診断を得たとの報告がある。(p855より引用)

 

自分の外来データでいうと、連続776例のうち69例(9%)にiNPHの可能性を認めた。

 

その全員にタップテストを行ったわけではないが、9%という数字はあくまでも純粋な(と自分が判断した)iNPHであり、他の変性疾患と共存している例を含めてはいない。共存例は下記グラフの「Other」に含めたのだが、かなりの数になる。

 

Otherに含まれるのは、例えばATD+iNPH、DLB+iNPHといった共存例以外に、CBDやPSP、MSAなどである。

 

認知症の病型診断

 

iNPHの50%以上に、ADなどの他の認知症のcomorbity(合併)を認めるという報告もある。私のクリニックでも、iNPHにADの合併していると考えられる症例は日常茶飯事である。さらに、iNPHが、FTDやPSPと合併していると考えられるケースも意外に多い。(p858より引用)

 

高齢者は複数の要素を持っているということを前提に診るのと、単一疾患前提で診るのとでは、その後の対応に大きな違いが出る。単一疾患前提だと、状況が悪化した際に想定している単一疾患の増悪と考えて、他の選択肢を想定しにくくなる。

 

その点、最初から複数要素の混合を念頭に置いておけば、状況悪化時に取り得る対応策に幅が出る。

 

ただし、変性疾患の診断は基本的には除外診断の積み重ねだと思っている。

 

「〇〇という理由で、この疾患の可能性は低いだろう」という風に様々な疾患の可能性を外していき、残った要素の中で可能性の高いものに病名を付与する。これをしておかないと、「幻視?あー、レビー小体型認知症だね!!」という短絡に繋がる。

 

除外しきれない要素の中にPSPらしさやCBDらしさを感じたら、ひとまず病名としてPSP(疑い)、CBD(疑い)などを、自分の中で便宜的に付与する。そして、歩行障害系と言えるこれらの変性疾患に、水頭症による歩行障害の要素が加わっていないかどうかを検証することを怠らないよう気をつけている。

 

これまで下記のようなPSP+iNPHといったケース以外に、CBD+iNPH、MSA+iNPHという症例を経験してきた。

 

www.ninchi-shou.com

 

合併前提で診ようとしていても、それでも見落とすことがあるのがiNPHである。もし、前提を持たずに認知症診療を行っていたら、iNPH見落としの数は膨大なものとなるはず。

 

変性疾患を意識することで、iNPH捕捉率を高める

 

iNPHに適切に対応するには、他の病態の関与を察知することが重要である。

 

そのため、本稿でもiNPHの特集に先立って、「アルツハイマーらしさ」「ピック感」「レビー小体病っぽさ」について記してきたのだ。(p858より引用)

 

 

まだ認知症に本格的に取り組み出す前の事だが、とある70代の男性患者さん(以下Aさん)で自分は貴重な経験をした。

 

徐々に歩行が衰えてきたとのことで家族に伴われて外来を受診したAさんだが、目を見開いた一種独特の表情で、易怒性が高く、歩行は典型的なすり足歩行。排泄は、頻尿を通り越してほぼ失禁状態であった。

 

頭部画像でDESHを認め、すり足や尿失禁という臨床症状から正常圧水頭症の存在はほぼ間違いないと言えたが、気になったのが易怒性の高さであった。

 

ご家族に聞くと、昔から度を超して怒りっぽかったようだが、以前よりはマシになったのだとのこと。

 

まだその頃は前頭側頭型認知症に関する知識はないに等しかったが、ご家族には

 

「手術で歩行は改善する可能性はかなり高いと思います。失禁についても改善の可能性はあると思います。ただし、怒りっぽさは水頭症で抑えつけられている可能性があるので、手術後に今よりも酷くなる可能性があります。また、歩行が改善すると徘徊のリスクが出てくると思います。どうしますか?」

 

と説明したところ、「とにかく歩行介助が大変。それさえ良くなってくれたら何とかなると思うので、手術をして下さい。」と言われたので、LPシャント術を行った。

 

そして、手術を無事に終えたその夜。

 

Aさんは一晩中病棟を徘徊した。自分もAさんに一晩中付き合って、病棟を歩き回った。

 

何とか退院まではこぎ着けたが、「こんなになるんだったら、手術はしなければ良かった・・・」と、外来で一年間奥さんから言われ続けた。*1

 

今であれば、「前頭側頭型認知症+iNPHだな。まずは陽性症状をコントロールして、その目処が付いてからシャント手術を検討しよう。」と出来る。しかし、その当時は知識も経験もなかった。

 

これ以降、自分は水頭症診療にやや引き気味となった*2

 

そして少しずつ変性疾患診療の経験を積み、再び水頭症診療に関わるようになった時に、目の前にはこれまでとは違う風景が見えていた。 

 

特殊な疾患とするには、iNPHはあまりにもcommon過ぎる*3。何しろ、iNPHの臨床的特徴とされる「すり足歩行・尿失禁・認知面低下」はそのまま、加齢による衰えで説明出来ないこともないからである。

 

加齢による衰えという普遍の海からcommonな疾患であるiNPHを拾い上げようとする作業では、典型例しか拾い上げられない。rareな変性疾患の経験を積み、その中から普遍の海を覗くと、非典型例も含めてiNPHを捕捉しやすくなる。

 

特殊を知ることで、普遍を捉えやすくなる

 

iNPHの診療経験を積む中で自分は、そのように感じるようになった。

 

 

*1:手術効果を帳消しにしたい場合、シャントシステムを抜去するか、チューブを結紮すればよい。奥さんにも提案はしたが、却下された。意図的に歩けなくさせてしまうことは、流石に忍びなかったようだ。

*2:一般的な脳神経外科医は、まずはくも膜下出血後の二次性水頭症に対するシャント手術を覚える形で、水頭症診療への関わりが始まると思われる。 診断よりも技術習得が先行されている訳だが、これは多岐にわたる脳神経外科医の業務を考えれば致し方ないようには思える。救急外来対応、緊急手術、病棟管理などで忙殺される脳神経外科医が、腰を据えて変性疾患に取り組むことはなかなか困難である。

*3:「すり足歩行・尿失禁・認知面低下」をきたし、なおかつ頭部画像でDESHを呈しているという、いわば典型的な教科書的iNPHだけ拾い上げても結構な数字となるだろうが、非典型例を含めると、一気にその数は膨れあがる。しかし、非典型例の多くは見逃されているだろうし、典型例も他の変性疾患と合併していたら"意図的に"治療を忌避されているケースも多々あるだろう。