鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

主介護者が倒れると、一気に事態は動く(認知症祖母の近況報告)。

 つい先日、母が転倒して手を骨折してしまった。

 

主介護者に起きたイベントによって今後の介護方針に新展開があったので、そのご報告。何かの参考になれば幸い。

ある朝、母(祖母の介護中)から電話があった

 

母)おはよう。どこかいい整形外科を教えて

 

自分)どうしたの?

 

母)脚立から落ちて、手を骨折したと思う・・・

 

自分)・・・!!

 

 

登場人物をまとめておく。

 

  • 自分)脳神経外科医。認知症の祖母の主治医でもある。
  • 妻)看護師。これまで専業主婦であったが、夫の開業に伴い仕事にプチ復帰してバタバタしている。
  • 母)脳神経外科医の母。一人娘の為、認知症の祖母(母にとっては母親。ヤヤコシイ)の介護を独りで行っている。
  • 父)脳神経外科医の父。80歳を超えた後期高齢者。脳梗塞後遺症あり。また肺気腫で在宅酸素療法中。フェルガードLAとプロルベインでboostして、何とかADLは自立している。近年衰えが徐々に目立つようになってきた。
  • 兄)脳神経外科医の兄。ちょっと離れた場所に住んでいる。
  • 祖母)90歳を超えてまずまず元気。既に自分の娘以外の名前や顔は忘れている。意味性認知症~全般的前頭葉機能低下。一時期は下肢動脈硬化により(敢えて精査はしていないので想像)歩行困難となったが、プロルベインで足背動脈触知が復活し歩行可能となった。また活気の低下にはフェルガードLAで対応している。

 

祖母については、下記記事を参考に。

 

www.ninchi-shou.com

www.ninchi-shou.com

 

まずは、母の骨折の受診先を選定

 

祖母は現在要介護3。月に2~3週間はショートステイを利用し、残りを祖母宅で母が泊まり込み介護をしていた。

 

ある朝、母が祖母宅の裏庭の草払いをしていたところ、バランスを崩して乗っていた脚立から落ちた。そして左手を骨折。

 

左コーレス骨折のレントゲン

 

電話を受けたとき自分は出勤前だったので、妻に母のバックアップを依頼。

 

  • 祖母宅の近所に普段から行き来している親戚がいるので、母にその親戚に連絡をとってもらい、近くの整形外科病院に連れて行ってもらう
  • 妻は子供の用事を済ませた後に病院に向かい、今後の治療方針について説明を受け、それを自分に連絡する

 

上記写真は、妻が母の病状説明を受けた際に提示されたレントゲン写真。ボッキリ折れているが、橈骨遠位端骨折(コーレス骨折)である。保存的な整復安静固定のみだと拘縮が恐いので、早めに手術をしてリハビリがいいかな、と専門外ではあるが考えた。

 

その後、担当して頂くことになった整形外科の先生達が、運良く自分の先輩後輩であることが判明。色々と要望をお伝えすることも出来た。ツイている

 

主介護者が倒れることで続発した(するかもしれない)問題

 

病状説明を受けた後に、妻と相談した主な内容は以下。

 

  1. まず、祖母の今後の介護をどうするのかが最優先課題
  2. 母の入院中、父を一人で家に置いておけるかどうか
  3. 母が退院したあとのサポートをどうするか

 

1)祖母の今後をどうするか?

 

母から連絡を受けた後に、妻はすぐに祖母の担当ケアマネージャーに連絡を取り、同日からショートステイを利用できるように段取りを行った。しかし、重要なのはその後である。

 

母の治療が一段落して退院した後、いきなりこれまでのような介護は当然出来ない。幸い祖母の病状は今のところ安定はしているが、祖母も年をとり続けるのと同様に、母も年をとり続けていく。この辺が「潮時」と考えた。

 

ケアマネージャーさんが動いてくれた結果、以前から入所依頼をかけていたグループホームに空きが出たことが分かったので、急いで入所の手続きを行った。

 

ツイている・・

 

2)母の入院中、父を一人で家に置いておけるかどうか

 

妻は母のサポートに回るので、父へのケアが手薄になる。

 

何とかADLは自立しているので、定期的に食材を届け安否確認の電話を入れたら大丈夫かな?とは思ったが、難聴が大分進んでおり電話に出てくれるかどうか。また、結構なすり足歩行(正常圧水頭症は除外している)なので、自宅内で転倒していつの間にか動けなくなったり、など心配ではある。

 

妻)母が転倒骨折したんです。

 

兄)そうか・・・

 

妻)父のことなんですけど、母のサポートで自分も一杯一杯なので、お兄さん宅でしばらく面倒を見て貰うことはお願い出来ますか?

 

兄)それは大丈夫

 

ツイている・・・

 

3)母が退院した後のサポートはどうする?

 

これについては現在思案中。いつ頃から運転が出来るのか、家事動作がどれほどこなせるのか、実生活に戻ってみないと分からない不確定要素が多いので。

 

入院先のベッド状況次第では、ある程度の入院期間をとって頂けるようなので、急いで退院とせずにじっくりリハビリに取り組んで貰おうかな、と考えている。

 

結論:我々はツイていた・・・!

 

いやあ、ラッキーでした(終了)

・・・

・・・

・・・<(_ _)>

 

 

普段から、母には「いつまで自宅で介護をする?最後まで?」と問いかけてはいた。しかし、話が何らかの着地点に落ち着くことはなかった。一応、数カ所のグループホームの見学には行き、良いと感じたところに依頼をかけてはいたのだが。

 

恐らく、母の心情としては

 

  一人娘なんだから、自分が最後まで責任を持って何とかしなければ。でも自分も年をとっていくし、このまま看続けられるか自信はない。でも、子供達にも迷惑はかけたくない・・

 

このようなものであったろう、と推測する。

 

「家で頑張って看る」というスタイルから「施設にいる祖母に会いに行く」というスタイルへの移行によって、祖母や家族にどのような変化が起きるのか。機会があれば報告する。

 

今回のタイミングで母が怪我をしたことには、何らかの意味があったのだろうと思いたい。*1

 

尚、こういった事態で最も活躍するのは女性であることを改めて確認出来た。妻の行動力には感謝である*2

 

入所時の祖母

(入所時の祖母。どことなく寂しげである・・・) 

 

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岡野 雄一
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*1:自宅介護がそろそろ限界に来ていた、という意味

*2:勿論、普段妻を大事にしているからこそであろう・・・