鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

「医者」としての自分と、「人」としての自分。

 

「治るんじゃなかったんですね・・・」

 

そう仰ったMSさんの奥さんの表情からは、深い諦めが見て取れた。  

 

80代男性 ATD+VaD

 

初診時

 

(既往歴)

15年前に胃癌で4/5胃切除 前立腺肥大
数十年サイレース内服
てんかんあり、最終発作は2年前

(現病歴)

 

現在、奥様と二人暮らし。要介護2。〇〇病院で認知症の薬をもらっている。最近1日に何回もお風呂に入って困る。ヨダレがすごい。ほとんどしゃべらない。話しかけると返事をするくらい。口コミで当院の噂を聞いて来院。

 

(診察所見)
HDS-R:10
遅延再生:0
立方体模写:不可
時計描画:OK
IADL:4
改訂クリクトン尺度:24
Zarit:3
GDS:6
保続:なし
取り繕い:なし
病識:あり
迷子:なし
レビースコア:ー
rigid:なし
幻視:なし
ピックスコア:ー
FTLDセット:ー
頭部CT所見:DESH 陳旧性梗塞痕多数 ICA硬化性変化著明
介護保険:要介護2 週1デイサービス
胃切除:4/5
歩行障害:やや小刻み
排尿障害:頻尿(前立腺肥大)
易怒性:なし
傾眠:あり

(診断)
ATD:△
DLB:
FTLD:
その他:VaD NPH B12欠乏

(考察)

 

かかりつけ医に薬の相談をしても反応がないとのことで、引っ越しをご希望された。DESHはさほど目立たず、NPH成分は少なめにみておこう。


5年前からメマリーとレミニールを規定量で続けているが、経過中に改善はなく、最近は構音障害や流涎が目立ち、会話が減ってきたとのこと。

 

  • レミニールは維持してメマリー20mg朝→10mg夕に減量変更
  • ヒダントールFを3T→2Tに減量
  • 収縮期100前後と過降圧気味であったので降圧薬減量
  • 朝にサアミオンを1T開始
  • 多発脳梗塞痕に対してプレタール50mg開始
  • 頻回の頭痛に対して釣藤散開始
  • サイレースは1mg→0.5mgに減量

 

次回は採血結果説明。当面B12や鉄補充が必要になるかな?

 

初診より3日後

 

奥様よりTEL


本日昼頃より頭痛あり、カロナールを服用しても良いかの問い合わせ。血圧115/65。

カロナール服用可。しばらくプレタール50mgを休薬していただくようにお伝えした。(受付〇〇記載)

 

初診より1週間後

 

プレタール休薬後の様子確認の為奥様へ連絡。


休薬後、頭痛はない。プレタール服用前から頭痛がありカロナールを服用する事があったが、一昨日にカロナールを使ってからは、その後一度も使用なしで調子良いとの事。


次回受診日までプレタール休薬をお伝えした。 (受付〇〇記載)

 

初診より4週間後

 

採血結果説明。ヒダントールはほぼ効いていない。最後の発作は2年前だが、しばらく継続して中止を検討する。16と超低値のフェリチンは補充の必要あり。残胃が1/5であることを考慮してフェロミア25mgで。MCVは101と大球性だが、B12も葉酸も基準内だった。フェロミアの反応をみてまた考えよう。

 

プレタールは頭痛出現により断念。だが、明らかに日中の活気は上昇していると、奥さん及びデイのスタッフはみている。サアミオン開始及び、メマリー減量のおかげだろう。奥さん笑顔。

 

4週間ごとの処方継続。

 

初診より8週間後

 

  • 流涎にアキネトン
  • 冷え症にペリシット
  • 血圧上昇に対して降圧薬をザクラスHDに変更

 

今は過食が一番の悩みだと奥さん。ただし、本人の体型はほっそり。

 

初診より12週間後

 

ペリシットによる冷え症改善は、今のところはみられない。
アキネトンは1Tに増量。血圧は安定。ザクラスHDはそのままで。

 

初診より16週間後

 

アキネトン増量で流涎は少し改善。ペリシットもまずまず効き始めたかな。左手だけ手袋をしている。

 

処方は維持。次回は採血結果説明。奥さんはレイノーで膠原病と言われ治療中。手足の冷たさを訴える。スーパーライザーを勧めた。

 

初診より20週間後

 

  • 赤血球数: 349×10^4/μl
  • 血色素量(HB): 12.5g/dl
  • MCV: 110.6fl
  • 赤血球状態:大小不同
  • 総 蛋 白: 6.2g/dl
  • 尿素窒素:11.1mg/dl
  • フェリチン定量:17.4ng/ml

 

フェリチン上昇なし。フェロミアを増量する。胃切除後なので、内服による鉄補充は厳しいか。フォリアミンとB12も追加。


頭痛は全く言わない。釣藤散が著効している。ペリシットは減量する。流涎はまずまずコントロール出来ている。

 

冷え症に対してSGSL(スーパーライザー星状神経節照射)。照射中は気持ちよく寝ていた。それ以外に感じる変化はとくにないかな。

 

初診より28週間後

 

ご希望ありメマリー減量、ペリシット中止、レンドルミンへ眠剤変更しサイレース頓用に。夜間に散歩に出かけようとした。気をつけておこう。

 

初診より32週間後

 

  • 食欲睡眠排泄OK
  • 夜間排尿は6回

 

レンドルミンへの変更でよく眠れるようになった。意識消失もなし。「最近はとても調子が良いです」と奥さん。頓用サイレースは使用することはなかった。食事も頻繁に与えすぎていたのか、与えなければ要求はなくなった。

 

頭痛もなし。順調。大体の薬物調整は終了かな。あとは慎重に抗てんかん薬の減量卒業を目指しつつ、この好調を維持していきましょう。

 

初診より36週間後

 

予約時間に来院なかった為ご自宅へ電話したところ、奥様より、

 

前回診察で『これ以上は良くはならないから現状維持』と言われた。だったら、このまま薬をやめてみようかと思っていましたとのこと。徐々に薬を減らしていくなどが身体に負担もなくよいかもしれませんとお伝えすると、「そうですよね、そう思ってました~」と・・。明後日予約。

(受付〇〇記載)

 

認知症が「治る」と信じていた奥さん

 

「治るんじゃなかったんですね・・・」

 

予約日に現れ、そう仰った奥さんの表情からは、深い諦めが見て取れた。同時に、かなり疲れている様子でもあった。

 

MSさんが長年訴え続けた頭痛は釣藤散で改善し、鎮痛薬を飲むことはなくなった。サイレースからレンドルミンへの切り替えで睡眠も改善し、流涎(よだれ)はアーテンで減少した。全体としてみても減薬が出来ている。

 

これまで奥さんが「改善」と報告してくれたことは、日常生活上のお困り事の改善である。しかし、奥さんが求め続けていたのは、「認知症が治ること(中核症状の改善)」だったのだろう。

 

「大体の薬物調整が終わったので、これでひとまず維持しましょうね」と自分は言ったが、それを奥さんは「これ以上は良くならない」と受け取った。

 

では、「まだまだこれからです。諦めずに治るまで頑張りましょう」とでも伝えればよかったのだろうか?

 

これまで医者としての自分は、「今よりも良くなる可能性はありますよ」という説明はしても、「認知症は治りますよ」と言ったことは一度もない。

 

ただし、「治さなくてもよい」という考え方は敗北主義のように感じるため、是とはしない。「治ればよいな」と願ってはいるが。

 

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勿論MSさんの奥さんにも「ご主人の認知症は治りますよ」と言ってはいない。

 

それなりの数の患者さんを診ていると、「これは治ったのではなかろうか?」と思わされる症例に出会うことはままあるものの、

 

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それでも、神経変性疾患で起きている病理学的変化を覆すことは基本的には困難だという認識は、認知症を診るようになった当初から変わることはない。これは、手術を通じて直接「萎縮した脳・損傷した脳」を数多く見てきたことと無縁ではない。

 

言葉には相当気をつけているつもりだが、時に今回のようなことは起きる。

 

MSさんは口コミで来られた方なので、ひょっとすると「あそこに行って治った(≒良くなった)人がいるみたいよ」みたいなことを聞いて、期待を持って来院されたのかもしれない。

 

こういった認識の齟齬はお互いにとって好ましいものではないが、では、今回の様な事態を回避するために「認知症は治りません。進行していきます。」と最初から予防線を張るようなことは、自分の性に合わないのでしない。

 

「治る」と信じる人に「治りません」とは、人として言えない。医者としてではなく、人として言えない

 

脳卒中や頭部外傷、脳腫瘍の患者さん達を救命することが出来なかった時、医者として「手は尽くした。これ以上は、どうしようもなかった。」と思ってもそれは言わず、人として発する「残念ですが・・・」という言葉で見送ってきた。

 

治せないという現実を突きつけられたときに感じる無力感は恐らく、医者としての感情である。

 

無力感が余りにも強く、そして長く続くと、そのうちに「やってられないな・・・」という徒労感が頭をもたげ始める。

 

強くなければ医者として生きていけないが、優しくなければ人として生きる価値はない。

 

医者としての自分が感じる徒労感を押さえ込むのは、人としての自分である。「優しくあろう」とする人としての自分が、医者としての自分を守っている。

 

人としての自分が、医者として感じる徒労感を抑え込むのに疲れ諦めた時に、その医者は「人でなし」の医者になるのだろう。

 

人でなしにだけはなりたくないので、徒労感を抑えこむことに限界を感じたときには、潔くこの仕事は辞めようと思っている。

 

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