鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

認知症高齢者の運転免許問題について思うこと、そして提案したい2つの基準について。

 予期せずして運転免許証を取り上げられた高齢者は、混乱し憤り我を失う。家族も心を傷め、右往左往する。

 

「そうなる前に準備しておかなかったのが悪い。自己責任だ」という意見を耳にしたことがあるが、「高齢化社会では明日は我が身」という考えを持つ人ならそのようなことは口にしない。 

70代男性 軽度認知機能障害疑い

 

娘さんのみ相談に

 

約2年前に、とある有名な病院でアルツハイマー型認知症と診断を受けた。その後かかりつけ医で抗認知症薬の処方が継続されたが、この度免許取り下げを機にかかりつけ医に対する不信感が爆発して大変だ、というご相談。


「自分は認知症ではなくうつ病なのではないか?」とインターネットで毎日のように検索しているらしい。

 

「自分がどこかおかしいのでは?という感覚はあるようです。免許のことで度を失う以外は、普段は率直に感謝の念を伝えてくれる優しく穏やかな父なんです・・・」

 

と涙ながらに娘さんは話す。

 

現在レミニール16mgを内服中だが、娘さんからみていて薬が開始になってから特に変化はないとのこと。本人も交えて相談して一旦減薬でもいいのかもしれない。

 

ご本人が落ち着いている頃合いを見計らって、いつでもお越し下さいと説明。

 

数日後にご本人受診

 

話を傾聴。今は気分が落ち着いており、免許のことで興奮してはいない。

 

足のしびれや感覚低下の訴えが多く、これは近医で腰部脊柱管狭窄症と診断されているとのこと。

 

「多分まだまだ大丈夫なのでしょうけど、だからといって運転はいつまでも出来る訳ではありません。かかりつけの先生も、念のためにと考えて少し重く診断したのかもしれません。足のしびれの影響で、アクセルやブレーキを踏み込む感覚は鈍くなる可能性がありますよ。誰でもいつかは運転を卒業する日が来ます。それを、無事故のうちに出来るのであれば素晴らしいことだと思いますよ。」

 

このようにお話ししたところ、「そうですねぇ」とひとしきり頷いておられた。

 

疎通は良好だが、やや感情表出が過多かな。現役時代の自分を誇りに思っており、「同年配と比較して自分は明らかに能力はまだ保っている」と楽しそうに話す。唐突な話ぶりは、やや滞続言語的。

 

ご希望があれば、かかりつけから当院にお引っ越しで。

 

その数日後

 

娘さんが突如相談に来られ、下記のように話された。

 

「前回受診後3日間ほどは気分良く過ごしていたのですが、その後また免許のことを思い出して交通センターに電話をかけ、かかりつけ医から診断書のコピーを取り寄せたりなど、大変でした。どうしたらいいのでしょう?」

 

「ひとまずご本人も一緒にどうですか?」と促し、その数時間後に来院して頂いた。

 

話を傾聴し続けたところ、徐々に落ち着いていった。以前の仕事の話をひとしきりした後に、機嫌良く帰って行かれた。娘さんは診察室のドアを閉める前に、深く頭を下げて帰られた。

 

(引用終了)

 

死亡事故を起こした高齢者の約6割は、認知機能検査で「問題なし」とされている

 

”高齢運転者の認知症診断、増加もたらす改正法どう思う?:(朝日新聞デジタルより引用。リンク先は削除)”

 

  新制度を設けた背景には、死亡事故全体に占める75歳以上の運転者による事故の割合が高まっていることがあります。2014年に死亡事故を起こした75歳以上の運転者のうち約4割が認知機能検査で1分類か2分類だったことなどから、高齢運転者の認知機能に着目して対策を考えてきました。(上記ニュースより引用。下線部は筆者が加えた。)

 

平成28年10月現在の道路交通法では、75歳以上の高齢者の免許更新の際には以下の3項目からなる講習予備検査(認知機能検査)が行われる。

 

○時間の見当識)検査時における年月日、曜日及び時間を回答します。

○手がかり再生)一定のイラストを記憶し、採点には関係しない課題を行った後、記憶しているイラストをヒントなしに回答し、さらにヒントをもとに回答します。

○時計描画)時計の文字盤を描き、さらに、その文字盤に指定された時刻を表す針を描きます。(警察庁HPより引用)

 

その結果から下記の3分類のいずれかの判定がなされる。

 

  • 第1分類 記憶力・判断力が低くなっている方
  • 第2分類 記憶力・判断力が少し低くなっている方
  • 第3分類 記憶力・判断力に心配のない方

 

ただし、過去1年間に特定の違反記録がなければ、第1分類であっても免許更新は出来る。しかし上記ニュースによると、警察は次回の道路交通法改正で第1分類の免許更新にメスを入れようとしているようだ。

 

具体的には、

 

  認知症の疑いがあると判定された75歳以上の運転者に医師の診断を義務づける改正道路交通法が、来年3月に施行されます。診断結果によっては、免許が取り消されたり停止されたりすることもあります。(上記ニュースより引用。下線部は筆者が加えた。)

 

とのこと。果たしてこれは、是か非か。

 

2014年に死亡事故を起こした75歳以上の高齢者の約4割が、認知機能検査で第1と第2分類だったとのことだが、それは裏を返せば約6割の死亡事故は認知機能検査で問題ないとされた第3分類の高齢者が起こしたもの、ということでもある。

 

警察の目的は何だろうか?高齢者運転による死亡事故を減らしたいのだろうか?

 

もし高齢者の運転による死亡事故全体を減らしたいのであれば、第3分類の人達に免許を返上して貰えばいいのではないだろうか?

 

そのようなことをすれば、当然だが猛烈な反対が巻き起こることが予想される。「人権問題だ!」という声も挙がるだろう。では、認知症患者さんの免許返上に対しても同様の声が挙がるだろうか?「病気だからしょうがないよね・・・」で済まされるのではないだろうか?

 

第1分類や第2分類の人達は「認知機能検査の点数が低かった人達」ということで、一括りにしやすい。カットオフの点数を1点下回ろうが10点下回ろうが、同じ「認知機能検査の点数が低かった人達」というカテゴリで括ることが出来る。

 

これは管理する側にとっては便利と言えよう。しかし、一括りにされた側にとっては、たまったものではない。

 

地方の高齢者の生活状況は考慮すべきである

 

地方で生活する高齢者にとって、主な移動手段である車の運転を続けられるかどうかは、文字通り「死活問題」である。都会と違って公共交通機関は発達しておらず、数少ない路線も採算がとれなければ容赦なく撤廃される。このような環境では、車は正に「命綱」である。

 

自分は二つの離島で医者をしていた期間が長かった。日にちや曜日の感覚が衰えている方、また短期記憶はちんぷんかんの方、脳卒中後で片麻痺のある高齢者など多く見てきたが、大体皆さんスイスイと運転していた。運転とは、長年やってきて定着している『手続き記憶*1』に頼るところが大きいからであろう。

 

狭い島なので、そういった方達が他者を巻き込んだ致命的な交通事故を起こした場合、必ず脳神経外科医である自分が治療に関わることになるし、軽症でも事故の話は耳に入ってくる。そして、およそ5年間の離島医療経験において、認知症高齢者が死亡事故を起こしたという記憶はなく、軽症含め人身事故を起こしたという話も聞いたことがなかった。これは、たまたまなのだろうか?

 

車で田舎道を走れば分かることだが、車線変更の必要が殆どなく、また信号も少ない。高い建物のない農村地帯であれば見晴らしが良いため、他の車や通行人に気づきやすいし、行き交う対向車も少ない。

 

このような状況では、自損を除いて事故はなかなか起こりにくい。

 

  脳卒中で片麻痺が残った夫を介護している80歳の女性。足腰はピンピンしているが記憶力は大分怪しくなっている。長谷川式テストは30点満点の12点。これまで道に迷ったことはない。車で15分かけて買い物に行く日々である。

 

このような方達は田舎にはザラにいる。お子さん達は都会に出ていることが殆どで、昔ながらのコミュニティの中、同年配の高齢者達と支え合って暮らしている。

 

法を厳格に施行して、このような方達が軒並み認知症と診断され免許更新が不可能となった場合、何が起こるのかは想像に難くない。

 

高齢者が起こす交通事故は、認知症が主な原因なのだろうか?「高齢だから」と考えてはダメなのか?

 

認知症患者数増加のグラフ

(いい介護どっとこむより引用)

 

これは認知症患者数の推移を示すグラフである。2005年から2015年にかけて、約50万人患者数が増えている。*2

 

交通事故死亡者数は減少している

(社会実験データ図録より引用) 

 

そしてこれは、人口10万人当たりの交通事故死亡者数の推移をみたグラフ。平成17年からの10年間で、全年齢層と65歳以上、いずれも40%以上交通事故死亡者数は減少している。

 

これらのデータから分かるように、少なくとも今の時点では認知症患者さんが増加すると共に、死亡事故全体が増えているわけではない

 

若者と高齢者が、死亡事故を起こしやすい。

(社会実験データ図録より引用)  

 

こちらは、死亡事故を起こした運転者の年齢層別死亡事故件数のグラフだが、24歳以下と75歳以上という明確な二層化が見てとれる。この二層化は常識的に考えると、

 

  運転年数の短い若者は無謀な運転をしやすく、高齢者は判断力が落ちて事故を起こしやすい

 

ということだと思う。*3

 

ただし、85歳以上は全ての年代の中で最も事故件数の割合が高くなっている。

 

年代別認知症高齢者の割合

(認知症スタジアムより引用)

 

年代別の認知症高齢者の割合を見ると、85~89歳の高齢者の41.4%は認知症とされる。*4これは、80~84歳における21.8%と比較して、およそ倍である。

 

倍増というデータは重視する必要がある。85歳以上になれば認知症の影響で事故を起こす危険性はかなり高くなってくると言えるのかもしれない。

 

ところで、高齢者が交通事故を起こす原因は様々だろうが、認知症の方が交通事故を起こした場合、その原因を果たして認知症だけに求めることが可能なのであろうか?

 

信号を無視してしまったとき、それは「認知症だから信号を無視した」と判断出来るだろうか?健常高齢者が信号を無視した場合、それは「うっかりしていた」で済まされるであろうに。認知症患者が「うっかりしていた」と言っても、それは「認知症だからうっかりしてしまった」とされるのであろうか?

 

膨大な数の高齢者の認知機能検査が、医療機関に義務づけられる?

 

ここで再び、朝日の記事に戻る。

 

  昨年は5万3815人が検査で1分類と判定されましたが、制度の仕組み上、医師の診断を受けたのは1650人にとどまりました。新制度では、診断を義務づけられる対象者が毎年4万~5万人規模になると見込まれ、医師との連携の強化が重要です。認知症の専門医は全国に1500人ほどいるので対応できると考えていますが、専門医ではない主治医による診断でも確度が保てるようにするため、専門家の意見を聞きながら診断書の様式やガイドラインの内容を検討しています。(同ニュースより引用)

 

地方によって専門医の数には差があるだろうが、1500人の認知症専門医が1年間に30~40人の第一分類の高齢者を診察すれば、年間で45000~60000人を捌けることになる。警察は単純計算で、「それぐらいの人数は対応出来るだろう」と考えているのかもしれないが、果たしてそううまくいくかどうか。

 

~Part①

 

患者「何故オレが免許を取り消されるんだ?」

警察「それは、あなたが認知症だからですよ」

患者「そんな診断をしたのは誰だ?」

警察「専門医の先生ですよ」

 

そして患者さんは専門医に尋ねる。

 

~Part②

 

患者「オレは認知症なのか?」

専門医「テストの点数が○○点、空間認識能力がやや落ちています。頭のMRI写真で脳が萎縮しているので認知症です。あとはかかりつけ医で抗認知症薬を貰って下さい」

 

そして次は、かかりつけ医に尋ねる。

 

~Part③

 

患者「先生、オレはいつの間に認知症になったんだ?」

かかりつけ医「警察から連絡があったんですよ。それで専門の先生に調べて貰ったら認知症ということだったので、専門の先生の指示通りに薬を出しています。」

患者「でも、運転なんて今まで無事故で普通にやってきたのに・・・」

かかりつけ医「そういう決まりだからしょうがないんですよ。」

 

 

冒頭に例として提示した患者さんは、初回のご家族相談を含めて3回の診察を行い、合計90分近くの時間を要した。そして、今後も免許取り消しのことを思い出す度に不穏になり、その都度対応を迫られるということが当面続くと思われた。

 

Part①-③が一回で終わることは通常なく、かなりの期間に渡ってループされることがある。この辺りの事情について、警察や行政は把握しているのだろうか?

 

このループが繰り返される度に、関わる人間が支払う精神的時間的コストについて考えたことがあるのだろうか?

 

特に、これまで全く面識のない「認知症専門医」から突然認知症と告げられて免許が取り消しとなった場合、納得いかない患者さんへの説得と、患者さんに振り回されて疲弊するご家族の慰労のために、かかりつけ医が支払うコストは甚大である。

 

全国に1500人いるらしい専門医は、一回診察して診断を下し、診断書を書いてサヨウナラが出来るかもしれない。

 

しかし、通常はその後のケアはかかりつけ医が行うものと考えた場合、免許継続の是非の判断には最初からかかりつけ医が関わるべきではないだろうか。

 

長年その方を見ているかかりつけ医が、生活環境や利用できる社会資源諸々を考慮し、ソーシャルワーカーや家族、そして本人を交えて判断を下すのが理想である。ただしこれは、そのかかりつけ医の通常業務を大きく圧迫することにはなる。

 

ちなみに今回提示している例の場合、自分はかかりつけ医ですらなかった。かかりつけ医の対応に納得がいかないということで、飛び込みで持ち込まれた案件であり、それによって通常外来はストップした。このような飛び火的連鎖もまた、一つのコストと言える。

 

認知症患者数が増えても、交通事故死亡者数全体は減少し続けている現在の状況で、更に死亡者数を減らすために上記の様なコストを払い続ける意義はあるのだろうか?

 

もしも、

 

「費用対効果の話などけしからん!人命には代えられない!」

 

というのであれば、約60%の第3分類の高齢者に免許を自主的に返上して貰えばいいのである。何しろ「記憶力・判断力に心配のない方」達であろうから、「高齢者運転による死亡事故を減らすためです!」と警察がしっかり説明すれば、納得してくれるのではないだろうか?

 

ここで新たに発生するコストは、説明に要する時間とマンパワーだけである。そして警察には膨大な数のOBがいる。死亡事故減少のための社会貢献とOBを説得すればよい。

 

毎年4〜5万人発生する第1分類の高齢者に専門医受診を義務づけ、MRIを含めた諸検査に必要な医療コストと比較しても、安上がりになるのではないだろうか?

 

結局は、排除しやすいところから手をつけたいというのが本音では?

 

勿論、これが現実的な策ではないことは分かっている。それでも敢えて書いた。何故か?

 

警察としては、表面的には「診断はお医者さんにしか出来ないから」という理由で第1分類の方達の病院受診を義務化したいのだろうが、実は

 

医者に「病気だから車に乗れない」と診断されたら、みんな納得するでしょ?

 

という考えが背景にあるのでは?と疑うからである。病者の方が排除しやすいと考えているのではないだろうか?

 

そうだとすると、それは差別意識と紙一重ではないだろうか?

 

高齢者運転による死亡事故減少が最優先であれば、繰り返すが約60%の第3分類の高齢者に因果を含めて説明し、免許を返上して貰えば済むことである。しかし、それをせずに第1分類の高齢者の病院受診を義務化し、医者に診断書を書かせようとする。

 

これは、自分達がしたくないことを医療機関に丸投げしているだけではないのか?

 

減少し続ける交通事故死亡者を、更に減らすべく警察は努力しているというアピールのために、医療機関を利用しようとしているだけではないのか?

 

再び、朝日の記事に戻る。法改正に懸念を感じている人は少なからずいると思う。(赤字強調は筆者によるもの)

 

●「公共交通機関の充実が必要です。車が無いと生活できない人からの免許剝奪(はくだつ)は人権侵害だと思います」(神奈川県・70代男性)  

●「法律改正時には付帯決議として、専門医療体制の整備などがあったはずなのに、何も対策されずに拙速な施行が予定されているのが問題。警察の体制強化もされず、行政の地域包括支援センターも既に手いっぱい、認知症疾患医療センターも診察待ちが3カ月あるなかでは、できたとしても高齢者の機械的な排除だと思う。また、認知症となれば免許停止や取り消しならば、医師が運転免許与奪の責任を負わされることとなり、患者との信頼関係にも大きく影響し、受診しない人も増える」(福井県・40代男性)

●「スウェーデンで臨床心理士として、勤務した経験があります。認知検査をしていました。運転の安全性を考えるならば、認知症患者の方々だけに焦点を当てるのは、不十分です。運転に必要な認知力に影響を与える病気は他にもあります。また、認知症と言っても、程度はまちまちで、認知症の診断をくだされた方々の認知力を一くくりにして議論するのも不十分です」(海外・50代女性)

●「私はレビー小体型認知症と診断されました。認知の簡易テストは満点で、詳細なテストでも正常な人の平均をかなり上回った点数を取りました。認知症の人はどの段階にあるか非常に異なると思います。車は極力利用を減らしていますが、高齢の母のために使う機会もあり、単純に一律の規制を考えては欲しくないと考えます」(東京都・60代男性) 

 

認知症と診断して運転免許を取り消すということは、非常に重大な行為である。特に、車に替わる移動手段の選定や、どのようにして生活物資を確保するかなど、代替案のないまま運転免許が取り消されるようなことがあってはならない。

 

それを警察が中心になって考えろ、と言っているわけではない。医療や福祉、民間サービス会社、行政、勿論警察も含めて、つまり社会全体で考えていくべきものであり、だからこそ丸投げや押し付け合いのようなことは止めませんか?と言いたいのである。

 

高齢者免許返上のための基準

 

これから団塊世代が後期高齢者となっていくにつれて当然増えていく高齢者ドライバーの数に、警察が危機感を覚えているであろうことは分かる。何らかの法的な線引きは必要なのは間違いない。

 

そこで、自分が考える基準を2つ挙げたい。

 

①85歳になれば、全ての高齢者には免許を返上して貰う

 

この根拠としては、先に延べた「85~89歳の高齢者の41.4%は認知症である」という予測データと、「死亡事故を起こした運転者の年齢層別死亡事故件数では、85歳以上が最も多い」という統計結果である。

 

85歳が上限と前もって分かっていたら、それなりに準備する時間が持てるのではないだろうか。

 

②時計描画テストの出来ない高齢者には、免許返上の準備を始めてもらう

 

ATDの透視立方体模写と時計描画テスト

 

これは、82歳のアルツハイマー型認知症の女性が描いた画である。

 

そして、この方は

 

  • 周囲に人家の少ない農村地帯でお一人暮らし
  • 車を運転して10分ほどの距離にあるスーパーで買い物をしている
  • これまで無事故、車で遠出をすることはない

 

 このような環境で生活をされていた。

 

上記の様な画を描いてしまう方が車を運転することについて、「それは危ないよなぁ」と多くの方が思うだろう。しかし、今すぐにこの方から免許を取り上げたら生活が破綻する。

 

「ご自分の慣れた生活圏内を車で移動する分には、今はまださほど困る事はないのでしょうね。でも見て下さい。先ほど描いて貰った画がこちらになりますが、周囲を認識する力に大分衰えがきているようですね。」


「幸い娘さん達がお近くにはいらっしゃるようですから、生活に必要な物資は娘さん達に届けて貰うようにして、運転を卒業する準備をしていきましょうね。」

 

このように説明したところ、画を見せられた本人やご家族はビックリしていたが、お互い頷きながら納得されていた。

 

FTLDの透視立方体模写と時計描画テスト

 

これは73歳の男性で、「前頭側頭葉変性症(意味性認知症)」と診断した方の描いた画である。語義失語(物の名前が出てこない、言葉の理解が難しい)はかなり目立ち、長谷川式テストは18/30とカットオフの21点を下回っていた。しかし、日常生活は完全に自立し、また機械の修理の仕事のため車を毎日運転しているが、ずっと無事故であった。

 

この方が警察で認知機能検査を受けた場合、第1~第2分類とされる可能性はあるだろう。そして専門医を受診させられたら、ひょっとしたら「あなたは認知症なので運転免許は返上して貰います」となるかもしれない。皆さんは、どう思うだろうか?

 

ちなみに、この方とご家族に自分が行った説明は、

 

「今はまだまだ運転も大丈夫ですね。お仕事も頑張って下さい。ただ、言葉の理解力が今よりも低下し、道具の使い方が分かりにくくなってくると、車の運転に支障が出てくるかもしれません。「いずれは車は卒業するんだ」と考えて、少しずつ準備はしていきましょう。」

 

である。

 

最後に、冒頭の患者さんが描いた画を載せて本稿を終了する。もし自分であったら、この方の運転免許をすぐに返上させるような診断書は書かなかったであろう。

 

運転免許と透視立方体模写と時計描画テスト

www.ninchi-shou.com

*1:いわゆる長期記憶の一種

*2:この数字がどれほど正確か、という議論も必要だとは思う

*3:15歳~19歳の方が80歳~84歳よりも事故率が高い現状から、死亡事故そのものを減らしたいのであれば、運転免許取得を20歳以上にするのも一考であろう。

*4:90歳以上の高齢者の数や、実際の運転者数は相当少ないと思われるため、ここでは85歳以上と一括りはせず省略した。