鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

認知症サポート医を1万人まで増やしても・・・

 NHK NEWS WEBから。(リンクしていたNHK記事は後に削除。)

認知症サポート医とは?

 

厚生労働省によりますと、認知症の専門医は全国でおよそ2000人にとどまり、診断してもらうまでに時間がかかり治療が遅れるケースも出てきています。

こうした中、厚生労働省は認知症の専門医ではないものの、国が定めた研修を受けて診断や治療の知識を学んだ「認知症サポート医」を、平成32年度までに現在の6000人から1万人に増やす計画を決めました。

サポート医は認知症の疑いがある人を早めに診断して、専門医に紹介したり地域のかかりつけ医などに治療や健康管理などの方法を助言したりする医師で、増員することによって早期の診断や治療につなげる狙いがあります。

厚生労働省は各地域の医師会から候補者を推薦してもらうなどしてサポート医を増やしていくことにしています。(上記リンクより引用。赤文字強調は筆者によるもの。リンク元は削除されている。)

 

認知症サポート医とは、厚生労働省の定めた「かかりつけ医への研修・助言をはじめ、地域の認知症に係る地域医療体制の中核的な役割を担う医師」のことである。

 

これまで「各地域の医師会から候補者を推薦」という仕組みで、サポート医は量産されてきた。それを更に増産しようというのが今回の取り組み。

 

認知症サポート医という制度があることを自分が知ったのは、2013年頃。

 

「サポート医を取得しておいた方が患者さん達の役に立つのかな?」とその時は思い、当時勤務していた土地の医師会に相談したところ、「もう推薦枠がありません」と言われた。

 

「じゃあ別にいいかな・・・」とも思ったが、考え直して取り敢えず県庁に問い合わせをしたところ、「近日東京で開催されるサポート医研修会に、まだ空き枠がありますよ」とのことであったので、自腹で研修を受けに行った。

 

一般的な認知症に関する知識(アルツハイマー型認知症とは?云々)伝達のほか、実際のケースを題材にしたグループセッション、各種機関との連携の仕方など、2日間にわたって研修は行われた。

 

受講料の50000円を振り込み、しばらくすると修了証書が送られてきた。

 

認知症サポート医の研修修了証書

 

認知症サポート医は更新制度ではなく、維持するための縛りは何もない。一回取得すれば、そのままである。

 

今のところ、認知症サポート医の資格が患者さん達の役に立っているという実感は"ゼロ"である。

 

口コミやインターネット検索で当院を受診する患者さん達や、患者さんを連れてくるケアマネさん達も、"サポート医がいる病院だから"受診するということではないようだし、近隣クリニックからの紹介も"サポート医だから"という訳ではないようだ。

 

誰でもなれるサポート医

 

サポート医取得研修で唯一記憶に残っているのは、

 

「〇〇病院の〇〇です。専門は〇〇です。今日は、地元の医師会から「行ってこい」と言われたので来ました。よろしくお願いします。」

 

と、ほぼ全ての参加者(医者)が自己紹介していたことである。

 

開いた口がふさがらなかったが、これがたまたま自分が受講した回だけの珍事だったとは思わない。"取らされる資格"に対して覚悟を持てという方が無理だろう。

 

その中でお一人だけ、ご自身の奥様が認知症を患い介護を経験された小児科の先生がいらした。

 

その先生は、ご自身の経験を他者と共有するために、医師会の推薦ではなくご自身の意思でサポート医を取得しに来られたと仰っていた。

 

何か、救われた想いがした。

 

認知症サポート医は、50000円の受講料を払えば、医師であれば誰でもなれる*1

 

そして恐らく、その50000円は厚生労働省から尻を叩かれた医師会か勤務先病院が支払っていると思われる。支払先は、「国立研究開発法人国立長寿医療研究センター」である。

 

1万人の認知症サポート医を量産するための費用は、50000x10000で5億円。

 

5億円かけるなら、サポート医研修を行っている同じ長寿医療研究センターが推奨している「コグニサイズ」の普及に使った方が、まだしも認知症予防という点で成果が出せるように思う。

 

コグニサイズとは? | 国立長寿医療研究センター

 

かかりつけ医や地域包括支援センターから相談を受けたサポート医が、「いや、自分はちょっと・・・」と相談に乗ることを断ったという事例を、自分は知っている。

 

量産された1万人のうち、厚生労働省が期待するような働きをするサポート医がどれほどいるだろうか?

 

それよりは、サポート医を任意で取得する制度にして、

 

  • 年間〇〇人の認知症患者を診ている
  • 年間で〇〇件の相談に預かっている

 

などの要件を満たせば、診療報酬でインセンティブを付けるといった工夫をしてみたらどうだろうか?

 

そうすれば、やる気があっても踏み込むことに躊躇っている医者も参入しやすいように思う*2

 

「認知症は専門に!」と考えるから、専門医を増やそう・サポート医を増やそうという発想になるのかもしれないが、認知症患者増加が社会問題化している現状、専門医療を必要とする一疾病としてよりも、認知症は"社会的(social)"疾病として対応することが望ましいように思う。

 

socialな疾病であれば、socialに対応したい。

 

socialに対応するというのは、家族、住んでいる地域住民、関わるケアマネや介護職、医者などで患者さんの周囲を緩く囲み、みなで患者さんを見守る体制を作る、ということである。

 

この見守り体制の中では、医者はあくまでもパズルの1ピースに過ぎない。

 

以下は、新オレンジプランが想定していると思われるヒエラルキー。

 

認知症疾患医療センター(専門医)>認知症サポート医>かかりつけ医>認知症サポーター

 

このような、あくまでも専門医をトップに持ってくる旧態依然としたヒエラルキーを元に作成された新オレンジプランに則って「認知症サポート医1万人達成!!」などとしても、実際にはケアマネさん達が分厚いサポート医リストを見ながら右往左往し混乱するだけであろう。

 

ここからの10年の戦略としては、かかりつけ医が認知症に取り組みやすい環境を整備(先に挙げた診療報酬インセンティブなど)し投資していくことの方が、サポート医増産よりも優先順位が高いと思う。

 

認知症専門医ではない一かかりつけ医の考えだが、「まずは抗認知症薬を処方して進行を抑制することが大事!!」といった迷信(妄信)さえ捨てることが出来たら、かかりつけ医が認知症を診ることはそんなに難しいことではない。

 

  1. 家族やケアマネ、介護職の話をちゃんと聞く
  2. 抗認知症薬と抗精神病薬は、少量投与が基本

 

この2点を徹底すれば、自ずと治療成績は上がっていく。

 

治療実績が上がれば認知症診療が面白くなり、更に手札を増やそうと勉強するようになる。すると更に治療成績が上がる。

 

そうしているうちに、もはや認知症サポート医や専門医に頼ろうという気持ちは無くなっているだろう。

 

数値目標だけで量産された認知症サポート医に、活躍の余地はない。

 

時代が求めているのは、認知症の長期経過を丁寧にフォローしていく覚悟を持つかかりつけ医だろう。

 

www.ninchi-shou.com

*1:皮膚科や眼科といった科の医師は、「サポート医を取得せよ」と言われても流石に断るだろうが。

*2:やってみれば分かることだが、認知症診療はとにかく時間がかかる。認知症患者を忌避する医者が多いのは、「割に合わない」と感じているから、という理由もあるように思う。