鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

認知症の治療目標、介護目標とは?

 認知症を診ていくにあたって、

 

  • いかに穏やかに過ごして頂くか
  • 家族やスタッフの介護負担を軽減できるか

 

自分が目標とするのは、この2点である。

 

この目標の為に、必要であれば抗認知症薬は使うし向精神薬も使う。必要でなければ使わない。あくまでも、

 

  「薬は目標達成のための”手段”に過ぎない」

 

というのが自分の考えである。

 

穏やかな老後

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「進行抑制」は、重要な治療目標となり得るか?

 

前回(2015年10月26日)記事の最後の方で、

 

  発見後の最重要目標を「進行の抑制」に設定して、抗認知症薬を始めることには反対(慎重)である

 

と書いた。

 

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実際のところ、抗認知症薬が処方される理由として最も多いのは、この「進行を遅らせるため(進行の抑制)」だと思われる。全ての抗認知症薬の添付文書の効能効果欄にも、「認知症症状の進行抑制」とはっきり記載されている。

 

治療目標が「進行抑制」になると、大抵は認知症と診断されると同時に抗認知症薬が処方される。「風邪≒PL(代表的な総合感冒薬)」感覚で、「認知症≒抗認知症薬」となる。メーカー的には万々歳であろうが、こういった処方が増えると当然だが副作用も増える。

 

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治療目標は様々であろうし、一つと限られる訳でもない。

 

  • 進行をできるだけ遅らせて欲しい
  • 怒りっぽさを和らげて欲しい
  • とにかく夜に寝てくれたらそれだけでいい

 

各々の目標を達成するためには、様々な手段を用いたらよい。アロマを含め非薬物療法を試して効果を得ているケースも多いだろう。

 

しかし、最も重要な目標を「進行抑制」に設定する限りは、抗認知症薬は処方されるものと思っておいた方がよい。そして、抗認知症薬ルーチン処方の弊害は徐々に明らかになりつつある。

 

よくあるケースを紹介

 

認知症の治療≒進行の抑制≒抗認知症薬処方。つまり

 

  「認知症の治療≒抗認知症薬処方」

 

が一般的になると、次のようなことが起こりうる。

 

  • アルツハイマー型認知症ですね。進行を遅らせるためにアリセプト(ドネペジル)を飲みましょう。3mgで始めて2週間で5mgに増やします。
  • (1年後)大分怒りっぽくなってきたようですね。認知症が進行しているようです。アリセプトを8mgに増やしましょう。
  • (その1ヶ月後)更に怒りっぽくなっているようですね・・・。メマリーを追加で始めてみましょうか。少し気分が落ち着くと思います。5mgで始めて、1週間おきに増量して20mgまで増やしますよ。
  • (その3ヶ月後)怒りっぽさは和らいだようですね。え?日中いつもウトウトするようになった?困りましたね・・・。活気を上げるためにアリセプトを10mgに増やしてみましょうか・・・。
  • (その1ヶ月後)今度は少し怒りっぽくなりましたか・・・。リスパダールを出しておきますね。これで少しは落ち着くと思います。
  • (抗認知症薬開始2年後)動きが緩慢になって転びやすくなっているようですね・・・。感情は不安定で日中も傾眠がち、と。認知症の進行が早いですね。お薬で出来るのはここまでです。あとは介護を頑張りましょう。

 

上に書いたのはフィクションだが、以下の記事は実際にあったケースである。そして、残念ながらこのケースのような事例は日常茶飯事なのである。

 

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「思考停止」してしまうと、「手段の目的化」に繋がってしまう

 

治療や介護目標の設定は、本人や家族と共に行うものである。医療者側が押しつけるものではない。

 

しかし、最初に書いた

 

  • いかに穏やかに過ごして頂くか
  • 家族やスタッフの介護負担を軽減できるか

 

この二つの目標は、経験上多くのケースで受容され得ると思っている。何度も書くが、薬はあくまでも目標達成のための手段であって、薬を出すことが治療の目標(目的)となってはいけない

 

  「認知症になったんだから、薬を飲まないと進行しますよ 。」

 

としか言えない医師や

 

  「薬を規定用量通りに出しているのに悪くなっていくのなら、これはもうしょうがないです。そういう病気ですからね・・・お医者さんの処方通りに薬の内服を続けて下さいね。」

 

と宥める看護師。

 

  「どうせ認知症になったら治らないのだから、向精神薬なんぞで怒りっぽさを抑えつけても意味がない。介護で踏ん張ればいいんだ!」

 

と奮闘する介護スタッフ。

 

「薬を飲むしかないんだ・・!」という医療者の叫びも、「薬なんかに頼らなくても・・!」という介護者の叫びも、いずれも同程度に哀しみを帯びている。

 

抗認知症薬なしで十分改善したこのようなケースや

 

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あの手この手で胃瘻を回避して歩けるようになったこのようなケースを経験すると

 

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「思考停止」こそ、我々が最も気をつけなければいけないものだと強く思う。

 

「認知症になったらもうダメだ」、「保険が通っている薬を使って良くならないのなら、もうダメだ」と思考停止していたら、こういった改善例を経験することは出来なかった。

 

インターネットなどを通じて気軽に情報収集出来る現代だからこそ、雑多な情報に圧倒され思考停止に陥りやすい。情報を吟味して有効活用する前に、情報を収集して終わってしまうことも多い。

 

今自分が行っている投薬や看護、介護が、本当に役に立っているのか?どこかで「どうせこれ以上は何も出来ないし・・」と思っていないだろうか?

 

家族が介護疲弊のあまり思考停止してしまうことを責めることは出来ない。共に暮らす方の苦労は想像するに余りある。

 

しかし、医療介護側の思考停止による工夫のなさに絶望して 、家族が思考停止に追い込まれてしまうケースは少なからず存在するのではないだろうか。

 

「諦めずに認知症と闘おう!」ではなく、「今現在困っている症状に対して、何か工夫を考えよう!」ということ。つまりは「対症療法」を徹底的に追求する。これなら、考え続ければ何とか道は拓けるのではないだろうか。

 

勿論、今のところ大きく困った症状がなければ薬を出す必要はない。むしろ、不要な薬があれば吟味して減らすか止める。あくまでも「症状あっての対症療法」なので。

 

  「治る」ことのない認知症に対する諦め→思考停止→治療、介護目標を見失う→「手段」に過ぎない「薬物投与」が、いつの間にか「目的」にすり替わってしまう→薬の副作用が起きる→「やっぱり認知症は良くならない・・・」と諦める→以下無限ループ

 

この悪循環、皆さんはどのように考えるだろうか。