鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

診断名には関係なく、治療の成果を追求する。

変な話かもしれないが、初診時の診断をあまり当てにしていない自分がいる。

 

認知症外来を始めてからつけている病型分類の内訳があるが

 

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全て、「初診時」の診断名を元に作成している。これも、別に確定診断などというつもりはなく、「その要素を持っている」と自分が感じた疾患名で区分けしているに過ぎない。 

1例目)70代後半の男性 初診時はピック病の診断

 

とある70代後半の男性。

 

  • 考え無精で質問には即答
  • 腕組みしつつ答える横柄な態度
  • 診察中の立ち去り行動
  • 長谷川式テスト14/30、遅延再生2/6
  • 海馬萎縮は中等度

 

初診時は、「前頭側頭型認知症(≒ピック病)>>アルツハイマー型認知症」というイメージを持ったため、抗認知症薬は使用せずに治療を開始した。

 

加えて、尿失禁と歩行障害、頭部CTで頭頂脳溝描出不良を認め、正常圧水頭症も合併しているようであった。

 

タップテストを行ったところ、歩行や尿失禁の改善を認めた。数回の外来での説得を経て、LPシャント手術を行うことが出来た。

 

術後経過は良好で、歩行と尿失禁の改善が得られたことにより、ご家族の身体介護負担が大幅に軽減した。

 

ただ、認知面は低下していった。

 

あるとき、万引きで警察のご厄介になった。

 

その際に病院受診を強く促されたために不承不承来院されたのだが、悪びれない態度や途中で診察や投薬を拒否して中途退室する様子は、とても「ピック的」に見えた。

 

しばらくは投薬なしでご家族の話を傾聴しつつ、本人とは世間話だけする外来が続いた。

 

徐々に打ち解けてきてくれたので、以前飲んでいたフェルガード100Mx2を再提案してみたところ、気分良く「いいよ」と言ってくれた。

 

そこで奥さんと相談して、フェルガード100M(粉タイプ)にウインタミン6mgを混ぜて飲むようにしてもらったところ、劇的に落ち着いた

 

その後、歩行障害が徐々に悪化していった。

 

シャント圧調整を調整するも変化はなく、ちょこちょことした子供歩きの様は、水頭症悪化によるものではなく前頭葉機能低下によるものだと考えた。

 

そうこうしているうちに3年が経過し、いま自分の目の前で楽しそうに話すその方は、どこからどうみてもアルツハイマー型認知症である・・・。

 

2例目)80代前半の女性

 

次は、80代の女性でケアマネさんの紹介でかかりつけ引っ越し希望で来院された方。

 

主訴は、2年ほど前より続いている書字読字困難、歩行困難、言葉のもつれ。

 

  • 裏返った、抑制のきかない甲高い声
  • 歩隔拡大でゆっくりした歩行
  • 透視立方体は可能、時計描画は拙劣
  • 長谷川式テスト13/30で遅延再生は4/6

 

「一体なんだろう・・・?」というのが初診時の正直な感想。

 

頭部CTで異所性脳溝拡大を認めたので、歩隔の拡大したスロー歩行と併せて正常圧水頭症の存在は考えたが、ADLを妨げるほどではなかったため水頭症要素に対する介入優先順位は下げた。

 

その他、頭部CT矢状断で橋被蓋が明らかに萎縮しており、右放線冠には陳旧性脳梗塞を認めた。

 

橋被蓋の萎縮

 

結果、「正常圧水頭症+脳梗塞後遺症、ひょっとしたらMSA-Cの可能性は?」ぐらいの印象でお付き合いが始まった。ちなみに、抗認知症薬は今に至るまで使用していない。

 

生活習慣病対策を中心に、治療を行った。

 

高タンパク食の重要性を耳にタコが出来るほど言い続けた結果、毎日3個ぐらいは卵を食べてくれるようになった。目がないほど好きだった炭水化物も、少しは減らしてくれるようになった。

 

お付き合い開始から1年が経過し、長谷川式テストは28/30と、初診時から15点アップ

 

ちなみに、この長谷川式テストは約1年ぶりなので、頻回のテストによる学習効果とは考えにくい。遅延再生は6/6。透視立方体は可能だが、時計描画テストが拙劣なのは相変わらずであった。

 

いま自分の目の前で楽しそうに話すその方は、「ただの陽気な、ちょっと変わったおばちゃん」である。初診時に何となく感じた変性疾患の香りは、今は消えている。

 

「キャラクター」を重視して治療を開始し、方針転換の余地を残し続ける

 

事程左様に当てにならない、初診時の自分の認知症診断。

 

「正しく診断しないと正しい治療は出来ない」という考え方は正しいのかもしれないが、そのような考え方を前にすると、自分などは怯む思いがする。診断を間違えない補償など、どこにもないからである。

 

レビー小体型認知症や前頭側頭葉変性症を除外した後に、アルツハイマー型認知症の可能性を考えるのが自分の基本スタイルである。

 

しかし、これは特に変性疾患においてはそうなのだが、患者さん達は最初から全ての症候を備えて自分の目の前に現れるとは限らない。また、自分が初診時に大事な何かを見逃している可能性も当然ある。

 

しばらく時間が経過して、「そういうことだったのか・・・」と気づかされることもあるし、時間が経っても結局何だったのか分からないこともある。

 

他の先生方が診ている患者群がどのようなものなのか知る由もないが、自分が診ている患者群の中で多いのは、「様々な要素が混ざり合った(ミックスした)高齢者」である。 

 

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上記は、「還元主義的に腑分けして対応すると、上手くまとまった」という記事だが、還元主義を徹底しすぎると全体のバランスを崩すことがあるので気をつけている。

 

1例目に提示した方は、3年前の印象はピック的で、現在のご様子はアルツハイマー的である。

 

3年前の時点で「アルツハイマー型認知症」と診断し、その時点でアリセプトなどの抗認知症薬を出していたら、今よりも予後が良かったのだろうか?と考えてみる。

 

もしこの方が、いわゆる「hippocampal sparing AD」であれば、臨床的にはピック的(前頭側頭型認知症的)であってもAChE阻害薬が奏功するらしいので、処方すべきだったとなる。

 

Autopsy-confirmed hippocampal-sparing Alzheimer's disease with delusional jealousy as initial manifestation. - PubMed - NCBI

 

しかしこの方は70代後半で、かつ海馬萎縮は中等度(hippocampal sparing ADは海馬萎縮が目立たない)、また劇的な進行という訳でもないので、hippocampal sparing ADは当てはまりそうにない。

 

勿論、年齢から考えて純粋なピック病とは考えにくいのも同様である。

 

臨床的なピック的要素とアルツハイマー的要素、両方を天秤に掛けて迷った場合、自分は「アリセプトを出したらイタイ目に遭うかもしれない方」に重りを置く。1例目の方はピック的要素に重りを置いたということである。

 

このような判断をする際に重視しているのは患者さんの「キャラクター」であり、診断名には強く拘っていない。「診断を蔑ろにするなどイカン!!」と、偉い先生方にはお叱りを受けるかもしれないが。

 

2例目に提示した方は、今もって診断名は分からない。初診時の他院から引き継いだ処方は以下。

 

  • エックスフォージ1T1X朝食後
  • フルイトラン(1)朝食後
  • カルフィーナ(0.5)1T1X朝食後
  • ラベプラゾール(10)1T1X夕食後
  • マグミット(330)2T2X朝夕食後
  • アローゼン(0.5)夕食後
  • ビビアント(20)1T1X朝食後
  • ロキソニン3T3X毎食後

 

そして、1年後の処方は以下。

 

  • バルサルタン(80)1T1X朝食後
  • スーグラ(50)1T1X朝食後
  • ベンフォチアミン(25)朝食後
  • アローゼン(0.5)夕食後
  • カルフィーナ(0.5)1T1X夕食後
  • タケキャブ(10)1T1X夕食後
  • マグミット(330)2T2X朝夕食後

 

長年評価なしで飲んでいたビビアントは一旦中止。また漫然と続いていた一日3回のロキソニンも中止。

 

未介入であった2型糖尿病に対しては糖質制限を指導するも、当初炭水化物はなかなか減らせなかった。

 

そこで、ベンフォチアミンでVit.B1サポートを行い嫌気代謝への移行を抑制しつつ、余剰糖質をスーグラで排除するという戦略をとった。同時に、フェリチン17.4に対してフェロミアで鉄補充を行い、併せて高タンパク食を指導。フェロミアは、フェリチン87を確認して終了とした。

 

その結果、途中から血圧がかなり下がってきたのでエックスフォージをバルサルタン80mgに減量して利尿剤のフルイトランも中止。初診時に160/90前後であった血圧は、今は120/70前後で推移している。今後バルサルタンは更に減量予定。恐らく中止出来るだろうと考えている。

 

その他、便秘薬は維持。効いていなかったラベプラゾールはタケキャブへ変更。タケキャブは胃の調子をみながら適宜中止したり再開したりしている。タンパク質の消化に影響する胃薬を漫然と処方し続ける事はしない。

 

これらの工夫で、抗認知症薬など使用せずに長谷川式テストは初診時13/30から1年で28/30まで上昇した。

 

食事を見直し、不要な薬を省いて必要な薬を吟味した結果の改善なので、この方は「医原性」認知症の要素を持っていたとも言える。

 

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様々な理由で能力が低下する高齢者に対して、「何らかの変性疾患に罹患しているに違いない」と最初から決め打ちして治療を開始することは危険であるが、「何らかの変性疾患が存在するかもしれない」とは、念のために考えるようにしている。

 

その方が、いざ変性疾患の要素が揃って確定的になってきた時に方針転換しやすいからである。

 

自分にとっての「診断名(病名)」とは、それぐらいの意味である。

 

我々の扱う抗認知症薬や抗精神病薬、抗パーキンソン薬といった薬は、いずれも投与量によっては重大な結果に繋がりかねない薬剤なので、処方に際しては慎重さが求められることは言うまでもない。

 

大量処方の後始末をすることが多い自分としては、同じ轍は踏みたくないと願いながら日々診療している。