鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

開頭手術後に記憶力が落ちたとご相談に来られた方。

 

脳外科で開頭手術を受けた後に、認知症のようになってしまったという相談を受けた。

 

脳動脈瘤クリッピング術後

 

ある日突然、経験したことのない頭痛と吐き気を感じて近医を受診したMKさん。

精査の結果、即日入院手術となった。

 

ここで一旦、MKさんの記憶は途切れる。

 

退院後、健忘に気づいた

 

MKさんは、入院中のことは殆ど覚えていなかった。

 

ただ、断片的に

 

  • くも膜下出血ではなかったが、動脈瘤が破裂寸前で危ないところだった
  • 手術は無事に終わった

 

このような説明を退院前に医者から受けたことは覚えていた。これは後で述べるが、「同時健忘」の症状である。

 

自宅に帰ったMKさんは、直近のことを覚えられなくなっていることに気づいた。

 

買い物をしたことを忘れて買い物に行くため冷蔵庫内は品物で溢れ、賞味期限切れの食材を廃棄することを忘れるため、冷蔵庫内には悪臭が漂うようになった。

 

約束をすぐに忘れてしまうため仕事に支障をきたすようになり、結果、仕事を続けられなくなり辞めることになってしまった。

 

記銘力障害が突出したMonakow(モナコフ)症候群

 

ここまでが、MKさんが当院に来られるまでの経緯であるが、全てMKさんの証言に基づいており、つまりはMKさんの「記憶」に基づいているということになる。

 

しかし、MKさんのご相談は「手術後から記憶できなくなった」である。 直近のことだけ、覚えられなくなっているのである。

 

MKさんの術前術後の脳血管画像を以下に示す。

 

クリッピング前後



動脈瘤にはしっかりとクリップがかかっており、後交通動脈の描出も良好である。

 

以下は、術後7日目のCT画像。

 

クリッピング後1週間目のCT


右視床下部~内包後脚にかけて低吸収域を認める。

 

これは、前脈絡叢動脈閉塞による脳梗塞と考えられる。

 

前脈絡叢動脈が閉塞すると様々な症状が出現するが、特に

 

  1. 対側の麻痺
  2. 対側の感覚障害
  3. 対側の同名半盲(もしくは四分盲)

 

この3つを主徴候とするものを「Monakow症候群」と呼ぶ。

 

自分が診察した時点では、MKさんにこれらの徴候は認めなかった。だが、術後しばらくは麻痺や感覚障害はあったようだ。

 

自分はこれまでに、記銘力障害が突出したMonakow症候群の方を数名経験している。

 

7名の前脈絡叢動脈閉塞の患者全例に記銘力障害を認めたという報告もあるので、決して稀ではないと思われる。(日野ら 脳卒中11 : 106-110, 1989)

 

ざっくり言うと、記憶力とは古いことを覚えておく力のことで、記銘力とは新しいことを覚える力である。

 

MKさんの長谷川式テストの点数は26/30で、遅延再生は5/6という結果だった。日時見当識で失点が目立ったが、これは記銘力障害と無縁ではない。毎日変わる「〇月〇日〇曜日」を覚えるには、記銘力が必要である。

 

しかしこれだけでは記銘力障害を正確に評価したことにはならないため、更に詳しく調べるのであれば三宅式テストなどが必要と思われる。

 

ここまでの話をまとめると、

 

「脳動脈瘤クリッピング術後に起きた前脈絡叢動脈閉塞により記銘力が失われ、同時健忘*1と前向性健忘*2をきたしている状態」

 

これが、MKさんに起きていたことである。

 

問題は、Monakow症候群だけではなかった?

 

これまでに、一過性前向性健忘の方は結構多く見てきた。

 

その方達は、「え、なんで思い出せないのだろう?あれ、オレさっき何て言ったっけ?あれ、オレは何でここにいるんだっけ?」といった具合に、数分前の記憶保持が困難なため、激しく動揺し狼狽する。

 

その様子は見ていて本当に気の毒であるが、あくまでも「一過性」であり、一部思い出せないことが残る場合はあるものの、時間の経過とともに前向性健忘は回復していく。

 

しかし、MKさんの記銘力障害による前向性健忘は一過性ではない。脳梗塞によるものなので永続性である。 これまで記銘力を前提として行ってきた日常生活動作のあらゆることを、メモを残すなりの工夫で置き換えていかなくてはならない。これは、現実的には相当困難なことである。

 

さし当たって二次性のうつ病に気をつけておく必要は感じたが、初診で当方が処方したのは「ウインタミン6mgx2+甘麦大棗湯1Px2」であった。

 

なぜ、抗精神病薬と漢方薬なのか?

 

その理由は、Monakow症候群だけでは説明がつかない要素をMKさんに感じたからである。

 

それは、「ASD(自閉スペクトラム)+ADHD(注意欠陥・多動障害)」である。

 

一種独特のMKさんの雰囲気や表情、話し方、執拗さ、診察中のせわしない身体の動き、濃厚な精神疾患の家族歴などから、幼少時のエピソードこそ確認は出来なかったものの、ASDとADHDの可能性を感じた。

 

FTD(ピック病)のCT画像



これは当院で施行した頭部CTだが、まるでFTD(≒ピック病)のような画像である。

 

自分がMKさんに見出した一種独特の雰囲気は、以前なら「ピック感」と表現していた。しかし、発達障害の勉強と経験を経た現在では、ASDの雰囲気とピック感に強い相似性を感じるようになった。

 

ピック感(≒ASD感)に対してのウインタミンと、ADHD感に対しての甘麦大棗湯。

 

脳外科手術の後遺症*3には出来るだけ脳外科医が対処すべきと普段から考えているので、これらの処方が治療的となるかは分からないものの、ひとまず慎重に経過をみていこうと思っている。

 

*1:発症当時のことを思い出せない健忘のこと。

*2:発症時点から後に経験したことを忘れていく健忘のこと

*3:念のために書いておくが、今回の記事は医療ミスとは無縁の話である。我々脳外科医は、術前に想定される合併症や後遺症については入念に説明するよう普段から細心の注意を払っている。勿論MKさんに対しても術前説明は為されているのだが、記銘力障害による同時健忘が起きたために、その説明を思い出せないのである。