アリセプトは、アルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症のいずれに対しても保険適応のある、日本で唯一の抗認知症薬である。
- アルツハイマー型認知症(ATD)・・・アセチルコリンが減る認知症
- レビー小体型認知症(DLB)・・・アセチルコリンとドパミンが減る認知症
神経伝達物質に着目してATDとDLBを極めて大雑把に分けると、上記の様になる。
アリセプトはアセチルコリンを増やそうとする薬である。それが上手くいくと、一部のATDとDLBの患者に「意欲や自発性の向上」といった改善がみられる。
しかし、アリセプトはアセチルコリンを増やすだけでなく、ドパミンを減らす可能性がある薬でもある。
DLBの患者でドパミンが減ってしまうと、動きが悪くなったり(≒パーキンソン症状)、意欲が低下する(≒うつ症状)ことがある。
このような副作用は稀ではなく、それなりの頻度で経験する。
70代女性 抑うつ状態とみて治療開始
HMさんは70代の女性である。
ご主人を亡くされてから、活気がなくなり不眠を訴えるようになった。
娘さんに伴われて当院を受診された初診時の所見は、
- 少し暗い雰囲気はあるが、礼節を保ち穏やか
- 小刻み歩行や筋固縮は認めない(≒パーキンソン症状はない)
- 幻視は認めない
- 歩行時に軽くふらつくことがある
- 取り繕いは目立たない
- 自分が具合が悪いという意識(≒病識)が強い
- GDSは13/15と抑うつ傾向が強い
- 長谷川式テストは19/30と軽度低下、遅延再生は0/6と高度低下
- 視空間認知に問題はない
- 頭部CTは特記所見なし
このようなものであった。
遅延再生が高度に低下していたので、アルツハイマー型認知症の可能性を完全には除外できなかった。しかし、病識や抑うつ傾向が強いことの方を重視して、認知症というよりは「うつ状態」と捉えて治療を開始した。
当院に来られる前に受診した病院でアルツハイマー型認知症との診断を受け、処方されたレミニールを飲んだ途端に目つきが変わりハイテンションになったという娘さん情報は注目に値した。
レミニールで吐き気を訴える方はそれなりにいるが、目つきが変わりテンションが上がるという認知症の陽性症状的な副作用は、あまり経験したことがない。ここから、「薬剤過敏があるのかも・・・」と何となく考えた。
「やっぱりアルツハイマーかな?」と考えて抗認知症薬を使用したが・・・
抑うつ傾向に対してジェイゾロフトやサアミオン、半夏厚朴湯などを使用しながら経過をみていた。
途中途中で食欲の上昇や活気の上昇といった好反応はあったが、決定的な改善とまではいかなかった。ただ、喉のつかえ感や口腔内セネストパチーがあったので、抑うつの存在は確実だったと今でも思っている。
そのうちに、
- 血圧は測るが、血圧手帳への記入を忘れる
- 薬の内服にバラツキがある
などのエピソードが娘さんから聞かれるようになった。ちなみに、娘さんは遠方にお住まいで、HMさんは独居である。
独居の母を心配するあまり、失敗を過剰に見出している可能性は否めなかったものの、初診時の遅延再生0点という結果も気になり続けてはいた。
そこで、治療(診断)の天秤をアルツハイマー型認知症に傾けることにした。具体的には、抗うつ的治療薬を減らしつつ、抗認知症薬を少量入れるというやり方である。
最初に選択した抗認知症薬はレミニールで、前医が行った4mgx2の処方で陽性症状をきたしたという情報から、2mgx1で使用することにした。
この処方で幸い副作用をきたすことはなかったものの、特に改善も得られなかった。
ところで、なぜ副作用の既往があるレミニールを敢えて選んだかというと、
- 独居のためパッチが使いにくい
- アリセプトは何となく嫌な感じがしていた
- 歩行時の軽いフラツキがあり、メマリーによる傾眠フラツキが出たら困るので
こういった理由からである。
そうこうしているうちに残薬が増えてきたため、内服を一日一回にせざるを得なくなった。
そこで、嫌な感じがあったので避けていたアリセプトを使うことにした。アリセプトは、一日一回の用法なので、このような時には便利である。用量は初回規定量の3mgではなく、1.5mgにした。
その1ヶ月後のことである。
アリセプトに対する反応で、レビー小体型認知症へと診断変更
のっそりとぎこちない歩き方で入室し、診察椅子の脚につまずき転びそうになりながらも何とか座ったHMさんを見て、こう思った。
「ああ、レビーか・・・」
HMさんの体は右に傾き、左腕の曲げ伸ばしをするとギクシャクと抵抗を示した(歯車様筋固縮)。
「アリセプトでこの反応が出たということは、診断はレビー小体型認知症だと思います。」
そう娘さんにお伝えして、アリセプトは中止とした。認知症の可能性を感じ続けていた娘さんは腑に落ちたようだった。
しばらく抗認知症薬なしで様子をみてもよかったのだが、相談の結果、イクセロンパッチを用いることになった。これは、娘さんが近くで看る体制が確保出来ると仰ったからでもある。
振り返ってみると、初診時から感じていた暗い雰囲気と抑うつ傾向、歩行時のフラツキなどは、全てレビー小体型認知症の徴候(重大な特徴とまでは言えないが)を現していたのだろうし、自分が何となくアリセプトを避けていたのも、レビー小体型認知症の可能性をどこかで感じていたからなのかもしれない。
ここに至るまで、約1年かかっているorz
ところで、冒頭に述べたようにアリセプトはアルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症に適応を取得している薬、つまり「治療薬」である。
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治療薬で今回の様なことが起きるところに、神経伝達物質を揺さぶる薬の怖さがある。
神経伝達物質を揺さぶるという意味では、抗認知症薬に限らず抗パーキンソン薬や抗精神病薬も同じであり、認知症の治療に使われる薬は薬剤性パーキンソン症状を起こしうる薬だらけとも言える。
それでも現状は、この手の薬を注意深く使わざるを得ない場面が多い。認知症診療の難しいところである。
パーキンソニズムを起こしうる薬剤リスト
ところで、平成18年11月に厚労省は「重篤副作用別疾患対応マニュアル(薬剤性パーキンソニズム)」というものを発表している。最新版があるのか捜してみたが、見つからなかった。
既に販売終了になっている薬もあるが、何某かの参考になるかもしれないので貼っておく。
厚生労働省:重篤副作用疾患別対応マニュアル